騎士団試験と隠された実力
騎士団試験当日。
朝早くから、試験会場には多くの受験者が集まっていた。
「緊張します…」
エリスは手を握りしめている。
「大丈夫だ。三週間の成果を見せるだけだ」
俺は彼女の肩に手を置いた。
「君なら必ずできる」
その瞬間、エリスの頬が薄っすらと赤くなった。
「はい…ありがとうございます」
この反応も数値化できない。だが、確実に俺の胸に何かが宿る。
「受験者の皆さん、集合してください!」
騎士団の試験官が声を上げた。背の高い中年男性で、名札には「フェリクス」とある。
俺の天衡識理が自動的に作動した。
【分析結果】
名前:フェリクス・クロウ
職業:騎士団試験官
実力:B+ランク
敵意:78%(エリスに向けて)
隠蔽意図:92%
状態:何らかの計画を進行中
…やはりか。この男、何かを企んでいる。
「今回の試験は三段階だ」
フェリクスが説明を始める。その視線が一瞬、エリスに向けられた。
明らかに敵意を含んでいる。
「第一次:基礎体力測定、第二次:模擬戦闘、第三次:面接」
「模擬戦闘の相手は?」
ある受験者が質問した。
「フォレストベアの若い個体だ。安全のため魔力を抑制してある」
嘘だな。俺は内心で判断した。あの凶暴化したフォレストベアと関係があるはずだ。
「それでは第一次試験から開始する」
基礎体力測定は順調だった。
エリスの記録を俺は静かに分析する。
【エリスの測定結果】
筋力:C+(上位30%)
敏捷性:B(上位20%)
持久力:B+(上位15%)
魔力量:A-(上位5%)
「素晴らしい成績ですね」
隣で見ていた他の受験者が呟いた。
「あの子、どこの家の?」
「知らないな。でも相当な訓練を積んでる」
俺は内心で満足していた。三週間でここまで成長するとは、エリスの才能は予想以上だ。
「エリス・グレイヴァイン、第一次試験合格」
試験官が名前を呼んだ。
『グレイヴァイン』
偽名か。本名はエリシア・ルミナ・フォン・ヴァールハイト王女。
だが今は彼女の判断を尊重しよう。正体を知らないフリを続ける必要がある。
「ソウマさん、合格しました!」
エリスが駆け寄ってきた。
「当然の結果だ」
俺は彼女を見つめる。
君の秘密を守るため、俺も演技を続ける。
「第二次試験に進む者は、こちらに集合!」
模擬戦闘会場は円形のアリーナだった。
観客席には騎士団の関係者や貴族らしき人々が座っている。
その中に、俺の天衡識理が異常を検出した。
【緊急警告】
暗殺者集団:5名確認
装備:短剣、毒針、隠匿武器
標的:エリス・グレイヴァイン
殺気:95%
危険度:極高
黒いフードの男たちが観客席の一角に座っている。
全員の懐に武器の形が見える。
「まずい…」
俺は立ち上がりかけたが、まだ時期尚早だ。エリスの試験を見守りつつ、いつでも介入できるよう準備を整える。
「次、エリス・グレイヴァイン!」
エリスの番が来た。
「頑張れ」
俺は小声で激励した。内心では既に戦闘準備を始めている。
「見ていてください」
彼女は振り返って微笑む。
その笑顔に、俺の胸がざわめいた。
絶対に君を守る。
エリスがアリーナに立つと、檻からフォレストベアの若い個体が放たれた。
体長は2メートルほどだが、俺の分析によれば魔力抑制は不完全だ。
フェリクスの仕業か。
「開始!」
フェリクスの合図と共に、フォレストベアが突進してきた。
だがエリスは冷静だった。
横に身を躍らせ、攻撃をかわす。そして剣に魔力を込めた。
ヒールブレードだ。
エリスの剣が青白い光を放つ。完成されたヒールブレードの輝きだ。
刃がフォレストベアの前足を切り裂く瞬間、血しぶきが舞った。
「なんだあの技は?」
「魔法剣士の技に似ているが…」
「いや、あれは回復魔法を応用している」
観客席がざわめく。
フォレストベアが怯んだ隙に、エリスはライフドライブを発動した。
体力と魔力が同時に回復し、動きが更に鋭くなる。
「素晴らしい…」
俺は思わず呟いた。
彼女は俺の予想を遥かに超えている。
フォレストベアが再び襲いかかる。巨大な前足が振り下ろされた。
しかしエリスは既に次の手を打っていた。
回復魔法を攻撃に転用する、リバーサルエッジ。
剣が緑がかった光を放ち、フォレストベアの胸部に命中した。
過剰回復による組織破壊が起こり、傷口が異常に膨張する。
フォレストベアが苦痛で咆哮を上げて倒れ込んだ。
「勝負あり!エリス・グレイヴァイン、勝利!」
アリーナが拍手に包まれた。
だが俺は観客席の暗殺者たちに注目していた。
彼らが席を立ち始めている。
作戦開始は面接試験時と推定される。
試験後、エリスが俺のもとに駆け寄ってきた。
「ソウマさん!見てましたか?」
「ああ。完璧だった」
「本当ですか?」
彼女の目が輝いている。
「君の実力は証明された。もう誰も君を見下すことはできない」
その時、フェリクス試験官が近づいてきた。
「エリス・グレイヴァイン」
「はい」
フェリクスが合格者名簿を見つめる視線に、俺は違和感を覚えた。
明らかに何かを企んでいる。
「君の戦闘技術、実に興味深い。どこで習得した?」
「こちらの方に指導していただきました」
エリスが俺を示す。
フェリクスの視線が俺に向けられた。敵意を含んでいる。
「君が指導者か。名前は?」
「ソウマだ」
「ふむ…どこの流派だ?」
「独学だ」
「独学でこのレベルの技術を?」
フェリクスは眉をひそめ、何かを計算しているようだった。
明日の面接で何かを仕掛けるつもりだろう。
その時、グラウスが現れた。
「フェリクス殿、お疲れ様です」
「グラウス・ギルドマスター。なぜここに?」
「優秀な人材には常に注目している。特に彼らには」
グラウスは俺たちを見た。確認するような視線だった。
「このたびは素晴らしい試験でした。合格者の発表は明日ですね?」
「その通りです」
フェリクスは不満そうだったが、グラウスの前では強く言えない。
「それでは失礼します」
フェリクスが去った後、グラウスが俺に近づいた。
「今夜、ギルドで待っている。一人で来い」
グラウスは去り際、小声で付け加えた。
「明日、すべてが始まる。準備はいいか?」
俺は無言で頷いた。
やはり、明日が決戦の日だ。
夜、エリスと宿で夕食を取っていた。
「明日が合格発表ですね」
「心配することはない。君は確実に合格だ」
「でも、面接が残ってるじゃないですか」
面接…そこで仕掛けてくるはずだ。
「形式的なものだ。君の実力は既に証明されている」
嘘をついた。明日の面接は命がけの戦いになる。
エリスは安心したように微笑んだ。
「ソウマさんがいてくれて良かった」
またこの感情が湧き上がる。
彼女を守りたい。この想いに名前をつけるとしたら…
「俺も、君に出会えて良かった」
エリスの頬が赤くなった。
「そ、それは…」
「データ収集として、な」
俺は照れ隠しにそう付け加えた。
だが本心は違う。これはデータ収集なんかじゃない。
愛情だ。数値化できない、純粋な愛情。
「私、実は…」
エリスが何かを言いかけた。
「何だ?」
「いえ、やっぱり何でもありません」
彼女はまた秘密を隠した。
君の正体も、君を狙う理由も、すべて分かっている。
だが今は黙っていよう。
「少し出かけてくる」
「こんな時間に?」
「ギルドに用事がある。すぐ戻る」
「気をつけてくださいね」
エリスの心配そうな表情が、俺の決意を固めた。
何が起ころうと、俺は彼女を守る。
王女暗殺計画、そんなものは俺が阻止する。
ギルドに向かう途中、俺は既に完璧な作戦を立てていた。
フェリクスの裏切り、暗殺者たちの配置、すべて分析済みだ。
グラウスとの密談で最終確認を行い、明日の対策を固める。
エリシア・ルミナ・フォン・ヴァールハイト王女。
君の正体が明かされ、暗殺者たちが動き出す。
だが俺はまだ知らなかった。
明日の面接で、エリスの正体が公に暴露され、その瞬間から、真の戦いが始まることを。
そして遠く離れた場所で、男の声が呟いていた。
「王女暗殺計画、いよいよ開始だ」