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その日は、最近構ってあげられなかったランスたっての希望で、カフェに来ていた。いつも通り、向かいではなく隣に座るランスに苦笑しながらも、可愛い弟に好きにさせてあげようと思った。私がケーキを食べる様子を見ながら、世話を焼くランスに逆じゃないかしらと思うが、楽しそうなのでいいかと気にしないことにした。
ふと影がさし、なんだろうと顔を上げるとカイン様が見下ろしていた。
「あら、カイン様、どうなーーー」
こんなところにいるなんて珍しいと声を掛けると、悔しそうな表情をしたカイン様が、私の腕を掴み引き寄せると、横抱きにしてそのまま店を出てしまった。
混乱してランスに視線を向けると、ランスは理解しているかのように、笑顔で手を振っている。近くにアンナがいるから大丈夫だろうが、カイン様は一体どうしたのだろうと見上げると、こちらを見る鋭い真紅と目が合った。怒っているような様子に何も言えなくなってしまう。
騎士団のカイン様の部屋に通され、オロオロとしているとカイン様が口を開く。
「シア。君は俺が好きだったのでは無いのか?」
「え?」
突然の質問に、何を言っているのかと言葉が出てこなくなった。
「なぁ、シア。君は俺のものだろう?」
「当たり前ですわ。」
「じゃあ何故、他の男とお茶している。」
「え?…カイン様、何か勘違いをーー」
勘違いをしている、そう言いたかったのにカイン様に唇を塞がれ、言えなくなってしまう。
「っ…!んんっ!」
一先ず話を聞いてもらおうと抵抗するが、力が強く敵わない。いつの間にか両手とも纏めて拘束され、顔を押えられ逃げることが出来なくなっていた。深くなっていく口付けに息が苦しくなってきた頃、ようやく離され見上げたカイン様の顔は、傷付いたような絶望のような表情をしていた。
離れていこうとする様子にハッと思い出した私は、すぐにカイン様に抱きついて止めた。
「嫌だわ、待って。カイン様!」
それでも、私を振り払って出ていこうとするカイン様に、大きな声で告げる。
「あれは弟ですわ!」
「えっ…?」
振り返って私を受け止めてくれたカイン様に続ける。
「弟はシスコンなのですわ!ああやって私に食べさせることが趣味なのです。最近構ってあげられてなかったので、お出掛けついでにお茶していたのですわ!あの場には見えませんでしたが、アンナもおりますの!…信じて貰えませんか?」
そう言って顔を上げると、顔にポタポタと雫が降ってきた。慌てて隠そうとするカイン様の顔に手を添え、そっと拭う。とりあえずカイン様をソファに座らせて、私もその隣に腰を下ろす。
「…すまない。君に愛されていることに自信が無くて。」
こんな自分の気持ちが荒れている時にも、私を気遣ってくれるカイン様が愛おしい。
「いいのですわ。その度に私が愛していると告げますわ。」
そう言って涙で濡れた頬に口付けを落とすと、耳が赤くなっていくのが見えた。
「…それと、無理やり口付けてしまってすまない。」
「私は嬉しいのです。初めてがカイン様からだなんて。」
「…でも、強引だった。」
そう言って落ち込んでいるカイン様に提案する。
「でしたらもう一度くださいませ。」
パッと顔を上げたカイン様は、だんだん顔が赤くなっていく。少し迷って私の頬に手を添えたあと、軽くチュッと唇を重ねた。
「愛している。シア。」
初めて言って貰えた言葉に嬉しくなって、今度は自分から近づいた。離れたあと照れた表情のカイン様が告げる。
「俺はもう君なしじゃ生きられない。悪いけど逃がしてなんてあげられない。大人しく俺の腕に囚われてくれ。」
「願ったり叶ったりですわ!ずっと捕まえててくださいませ。…愛していますわ、カイン様。」
「ああ、俺もだよ。シア。」
そう言って優しく名前を呼んで笑ったカイン様と、しばらく手を繋いで寄り添っていた。