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「私も参加しますわ!」
年に一度の建国祭。その時に行われる剣術・魔術大会。基本的に騎士や魔術師が参加するが、それ以外からもある程度の地位の人から、推薦があれば参加が許されるのだ。この大会に性別や爵位は関係なく、実力者の集まるイベントの為、毎年楽しみにしている人がいるくらいなのだ。
今年はカイン様が参加すると聞き、お父様にお願いして私もねじ込んでもらった。私の報告を聞いたカイン様は、カップを持っていた手を止め、目を丸くしている。珍しい表情が見れたことに、ラッキーだなんて思っていると、カップを置いたカイン様に詰め寄られる。
「何を言ってる?考え直せ。」
真剣な表情に見惚れながら疑問に思う。
「何故ですの?」
「いや、シア。君はご令嬢だ。万が一傷なんか出来た場合は君が困るだろう。」
焦ったように言うカイン様の優しさが嬉しい。
「まぁ!心配してくださるのね!大丈夫です!」
「何が大丈夫なんだ…。」
深くため息をつくカイン様にハッとして問う。
「…私に傷が出来たらカイン様に捨てられる!?それは一大事だわ。どうしましょう。」
慌てだした私の様子に、カイン様は一瞬ポカンとした後呆れた表情をする。
「そんなことは無い。シア、君に傷があろうとどうでもいい。俺はただ君が痛い思いをしないかが心配だ。」
その言葉に安心した私はカイン様に笑って続けた。
「そうでしたの。でしたら大丈夫ですよ!私こう見えて剣術も魔術も得意ですの。」
この世界に生まれて、まず初めに興味を持ったのは魔術だった。非現実的な現象を、実際に自分が起こせることに興奮した私は、それはもうめちゃくちゃに頑張った。毎日本に齧り付き、あれこれとしているうちに気が付けば、魔術師にも劣らないレベルになっていた。
剣術もそうだ。どうしても剣を握りたくてお父様の後を着いて回った。見よう見まねで剣を振りながら、お父様の生暖かい目を受けていた私だが、お父様の目を盗んで基礎体力をつけた。何も気付かないお父様に騎士団に連れて行ってもらい、騎士の人と混じって剣を振っていた時は流石に怒られた。それでもどうしてもしたいのだと、出来ないのなら黒騎士団に行くと言って剣を握ると、お父様は渋々許してくれた。
そんなことを説明すると、カイン様は驚きと疑いの目で見てくる。暫く見つめあったあとカイン様は、諦めたような表情で口を開いた。
「シアはお転婆だな。君を止めるのは無理そうだ。…でも、お願いだ。無茶だけはしないでくれ。」
そう言ってそっと抱きしめられた私は、衝撃に顔が熱くなるのが分かった。
「…カイン様、心臓が止まってしまいますわ。」
「これくらいで、君が俺の言うことを聞いてくれたらいいのだがな。」
私を離したカイン様は、俯く私の頭を撫でながら苦笑していた。
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「リリちゃん、くれぐれも気をつけてね。」
大会当日、心配そうな顔のお父様に見送られ、大きなアナウンスと共に舞台にあがる。今日は髪を高めの位置で括り、騎士服に似せて特注で作ってもらった服を着て、愛用の剣を持っている。既に仕掛けがないことを確認されている愛剣は、柄の部分の装飾が細かく、格好良い。
気合いを入れ直すと対戦相手である彼に、よろしくと意味を込めて微笑んだ。騎士団の新人の中でも実力者で将来が楽しみなのだと、お父様が言っていたことを思い出す。
「ちょ、ちょっと待ってください!」
愛剣を眺めながら準備をしていると、彼が突然声を上げた。何事かと見ていると、アナウンスをしている魔術師が彼に疑問をなげかけた。
『どうしたのでしょう?』
「彼女、マクベス家のご令嬢ですよ!?」
『はい、そのようですね。美しい髪と瞳はまるで女神のようだと噂です。』
彼の慌てように魔術師も不思議そうだ。
「いや、それはわかるけど、そうじゃなくて!怪我したらどうするんですか!?」
彼の言葉に何を言っているのだと思い、手を挙げて発言する。
「ご心配ありがとうございます。貴方が私に傷をつけるなど不可能だと思いますが、それは気にしないでください。承知の上でこの場におりますの。」
そう言うと彼はポカンとしている。魔術師は準備が整ったと理解し、位置に付くようにアナウンスをする。開始の合図がなると腑に落ちない表情の彼に、構えながら微笑む。
「構えないと貴方が怪我しますよ?」
彼が構えた瞬間、身体強化をかけて一瞬で飛び込む。目を見開いた彼は寸でのところで私の剣を止める。
(やっぱり体重はどうにもならないのよね。)
騎士の人達より小柄で軽い私は、弾き飛ばされることは想定済みだ。気を抜けないと理解した彼は距離を詰めてくる。私はニヤリと笑って準備していた魔術を展開する。今回は服にダメージが少ない、水魔術を中心に使うと決めていた。
(コントロールめちゃくちゃ練習したのよね。)
私の周り突如現れた魔術に、周りの人が驚いているのがわかる。
「無詠唱っ…!」
彼が呟いたのが聞こえるが、気づくのが少し遅い。魔術に気を取られているうちに彼の死角を突き、剣を突きつけた。
「…まいりました。」
彼が剣を捨て手を挙げる。
『勝者、リリーシア・マクベス!』
アナウンスが鳴り響き、私はカイン様に振り返ると手を振る。私に気づくと、驚いていたカイン様は微笑んで手を振ってくれた。
「リリちゃん!手加減してって言ったのにー。」
「あら、お父様。そんなに泣いてどうしたんですの?」
泣きながら私を抱きしめたお父様に問いかけると、目をうるうるとさせて抗議する。
「彼は新人だって言ったのにー。」
「あら、手加減しているじゃない。怪我もしていないし、服も破れてない。どこがやり過ぎだというの。」
「そうじゃないよー!彼の心がボロボロじゃないか。」
彼を見ると、落ち込んだ様子で舞台から降りていく姿が目に入る。甘いお父様に目線を戻すと、思ってたことを言ってやろうと口を開く。
「でも、その程度でやる気を無くすなんて、騎士に向いてないわ。その程度の思いならやめた方がいいわよ。お父様は甘いのよ。私だってこの実力は努力したからよ!」
「それはそうだけど…。」
小さくなるお父様に呆れた私は溜息をつくと、頬を膨らませながら文句を言う。
「私はお父様の様に強くなりたかったのよ!そんなにメソメソしてないで、彼を励ましてあげたらいいんじゃないですの?」
そう言いながら剣を納めると踵を返した。
会場は私が去った後もザワザワとしていて、なんだか私もワクワクしてしまった。