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「冗談ならやめなさい。俺は君と婚約する気は無い。」


そう言って立ち去ってしまったカイン様は少しだけ苦しそうだった。


「うーん、私が嫌いってわけじゃ無さそうなのよねぇ。」


帰りの馬車の中で呟くと、私の専属の侍女であるアンナが答える。


「それはそうですよ!お嬢様のことを嫌いな方なんていません!」


「いや、嫌いな事くらいあるでしょ。」


拳を握って宣言するアンナは可愛いのに少し残念だ。


「それにしても何がダメなのかしら。冗談だと言われたわよね。あの手紙、そんなにダメだったかしら?気持ちを込めたのに。」


「見た目に似合わず、お嬢様は少しおかしいですからね。普通に考えて、お嬢様から求婚されたのが信じられないだけですよ。」


アンナは呆れたように言っている。


「うーん、どうしたら信じてくれるかしら。もっと本気ってアピールしないといけないわよね。」


「でしたら、騎士団に訓練でも見に行って、差し入れとかでもしたらどうですか?」


少し悩んで答えたアンナに「そうね」と返すと、馬車をおりた私は、差し入れを作ってもらうように料理長の元まで走り出した。


****


騎士団の公開訓練の日。白騎士団へ行く令嬢が多い中、日傘をさして黒騎士団の受付へ。私が来るのが珍しいのか注目されている気がする。


「ねぇ、アンナ。私どこか変かしら?」


「いえ、いつも通りお美しいですよ。ほら、変な勘違いしていないで行きますよ。」


「何?変な勘違いって。なんか見られてるからやっぱり服が変なのよ。何この薄いピンクのドレス。やっぱり青でくるべきだったわよ。」


「いえいえ、お似合いですよ。」


アンナは適当にそう言うと、手続きを済ませて歩き出してしまった。


「もう、私は真剣に悩んでるのに。」


そう言いながらアンナを追いかけ、人気の無い黒騎士団の観客席へ座った。私が入った瞬間また視線を感じたが、アンナが余計なことを言うなという顔をするので、口を噤むことにした。


しばらくして訓練場の入口から見えた人物に息を飲む。数日ぶりに見たカイン様は、訓練だからか険しいお顔をされていて、さらに鋭さの増した目元が素敵だ。


「…はぁ、やっぱり誰よりも素敵だわ。」


ついつい漏らしてしまうと、アンナから呆れた視線が突き刺さった。


「やっぱりお嬢様のことはよく分かりません。」


「あら、私の考えが分かった人なんていないわよ。」


「それは自慢することでは無いと思います。」


カイン様から目を逸らすことなくアンナと話す。カイン様の剣さばきは綺麗で、舞っている様な動きだった。鍛えられているであろう身体は逞しく、動く度に揺れる黒髪が美しい。騎士たち一人一人にアドバイスをしたり、手合わせをしたりする姿を眺めていると、あっという間に訓練が終わってしまう。

終わった後は自由で、差し入れをする令嬢は出待ちをするのだと聞いていた私は、急いでカイン様に駆け寄り声をかけた。


「カイン様っ!」


驚いた様子の周りの騎士と、変なものを見るような目で見てくるカイン様の温度差がすごい。


「カイン様、良かったらこれ貰ってくださいませんか?そして私と婚約してくださいませ!」


差し入れに持ってきた焼き菓子を差し出しながら、カイン様に告げる。溜息を一つ落としたカイン様は、差し入れを受け取りながら答える。


「…はぁ、ありがとう。これは、美味しくいただくよ。けどね、マクベス嬢、冗談はやめなさいと言ったはずだ。」


「私もリリーシアと呼んで欲しいと言いました!それに冗談ではありません!」


ぐっと言葉に詰まったカイン様に続ける。


「私はカイン様がいいのです!」


顔を手で押えたカイン様は言葉を絞り出した。


「…こんな人前で宣言するなんてどうかしている。お望みの通り婚約してやろうか。冗談にするなら今のうちだぞ?」


子供を叱るような言い草のカイン様に、私は笑って続けた。


「本当ですか!?言いましたわね!是非お願いします!」


私の言葉にポカンとするカイン様を放っておいて、アンナに振り向いて抱きついた。


「嬉しいわ。今の聞いたわよね?婚約してくださるそうよ。あぁ、早速帰ってお父様に報告しなくては。」


すると、私の言葉にハッとしたカイン様が、焦ったように私の腕を掴む。


「おい、正気か!?俺は冗談のつもりで…。」


「え、嘘をついたのですか…。」


私が悲しげな顔を作ると、アンナがカイン様へ手を離すように言う。


「お嬢様の腕を離してください。…嘘をつくなんて、騎士としてどうなのですか!?」


手をゆっくりと離したカイン様は言葉に詰まる。


「…嘘をついた訳では無い。」


そう言ったカイン様の方を振り返り手を取ると、思わず笑顔になる。


「では、私の婚約者になってくださいませ!」


ぎゅっと握った手がピクリと動き、長い溜息の後引き攣った顔で小さく「よろしく」と聞こえた。嬉しくなった私は、カイン様の胸に勢いよく飛び込むと、しっかり受け止めてくれる事に笑いがこぼれた。

どうしたらいいか分からず、そっと引き離そうとするカイン様と呆れるアンナ、何も言えず口を開けて驚く周りの騎士は、元気なリリーシアに振り回されていた。

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