2(カインside)
「はぁ…。なんなんだこれは。」
聞き覚えのある家名が書かれた手紙を渡され、長い前置きと本題を読んだところで本音が漏れ出た。
「あら、良かったじゃない。先方は貴方がいいんですってよ。」
「噂も気にしないどころか、髪も瞳も綺麗だと褒めてくれているだろう。何が気に入らないんだ?」
何故、世間の常識を理解していながらも、母上も父上も乗り気なのだ。
「こんなのからかわれているだけでしょう?」
「その名前、噂のご令嬢だろ?一度だけ会ってみたらいいじゃん?そして噂通りか聞かせろよ。」
俺の言葉にニヤリと笑って、楽しげに好き勝手言っている二番目の兄、クラウス。
「うーん、その子悪い噂とか聞かないけどなぁ。僕も会ってみてもいいと思うよ、カイン。」
優しげに微笑みながら賛成の意見を述べてくる一番目の兄、ラフィル。
「…一度だけです。」
そう言って家族の圧に根負けした俺は、仕事場である黒騎士団へ向かった。
俺は、黒髪と赤い瞳を持つことから『魔族の子』と呼ばれている。幼い頃から好奇の目を向けられ、気味が悪いと罵られた。そんな俺を家族は愛してくれているが、美しいものを見て育った令嬢は、俺を見て悲鳴をあげることも多かった。その為、結婚は早々に諦めた。
俺は幸運なことに運動神経が良かった。体を鍛え剣を握ると、二十二歳であっという間に黒騎士団の副団長に決まった。護衛任務の多い白騎士団と違い、実力主義の黒騎士団は俺にあっていた。
昨日は未婚の男女が集まる夜会だった。二十五歳になった今も未婚だった俺は少し顔だけ出して、人気の無い場所で時間を潰していた。少し夜風に当たろうとバルコニーへ行くと、先客がいた。美しい銀髪を靡かせた彼女は俺に気づかず、ぶつかってしまった。倒れそうになる彼女を慌てて支えると、顔を上げた彼女に驚いた。水色の瞳で見上げてくる彼女は、俺の顔を見ても眉を顰めたり悲鳴をあげたりしなかった。
しかし、固まってしまった彼女に声をかけても反応がなく、結局『またか…』と思った。早くその場を去ろうと踵を返すと、腕を引かれ名前を聞かれた。
正直冗談かと思った。俺の特徴を見て、名前を分からない者がいると思わなかったから。
ーーリリーシア・マクベス
彼女は絶世の美女と言われたご令嬢だった。美しいと噂の伯爵家に生まれ、特別美しいが故に溺愛されていると。求婚は絶えないそうだが、誰一人として特別な対応はしない。身分を傘に、無理やり迫ることはタブーとされているこの国では、彼女の気を引くために競い合っていると聞いたことがある。
そんな、彼女の家からの婚約の申し出の手紙を眺めながら、騎士団にある自分の執務室で溜息をつく。こんなのからかわれてるとしか説明のしようがない。まだ、夢を見ているのだと言われた方が納得する。
「どうしたんですか?溜息なんて。」
「幸せが逃げちゃいますよ。」
俺の様子を見ていた周りの騎士たちから言われるが、正直そんなことを気にしている余裕が無い。
「なぁ、俺が求婚されたって言ったら信じるか?」
信じられずについ口にしてしまうと、みんな揃ってポカンと口を開けている。
「え、どうしたんですか!?求婚されたんですか!?」
「どこの誰ですか!?」
一斉に喋りだした騎士たちに、圧が強いと距離をとる。
「……マクベス家のご令嬢だ。」
迷った末に小さく呟くと騎士団に驚愕の声が響いた。全員が信じられないと言う顔をしたあと、何故?と疑問に思う。
「副団長、本当ですか?冗談ではなく?」
「なんで、副団長なんだ!?」
「今まで誰にも興味が無いと言っていたのに!」
荒れ狂う騎士達に収拾が付けられなくなり、逃げるように部屋から出た。
「そんなの俺が聞きたい。」
廊下を歩きながら呟いた声は、自分史上一番弱々しかった。