結婚後2
「俺と手合わせしてください!」
「え?嫌だわ。」
騎士団の入口、差し入れを持ってきていた私に声を掛けてくる騎士に、ついそう口にしてしまうとポカンとされる。そもそも誰かしらなんて考えていると、アンナが間に入ってくれる。
「奥様はお忙しいのです。用がないのでしたらここで失礼します。」
そう言って私の背中をそっと押し、早く歩けと言わんばかりの顔で見てくる。先程の騎士が見えなくなると、アンナに問いかけた。
「ねぇ、さっきの人何?」
「…はぁ、大方手合わせを理由に奥様に近づきたい人でしょう。白騎士団の服でしたが見たことない顔ですので。恐らくアルト様の妨害を躱せなかったものです。」
「…?お父様の?」
よく分からなくてアンナに説明を求めた。
「騎士団での訓練の際は、決まった方のみでしたでしょう?アルト様が、無害な人物のみを選んでいたからでございます。」
「あら、そうだったの。でも、騎士団よ?有害な人物なんているの?」
私の言葉に呆れた顔のアンナは続ける。
「そりゃあもう、うじゃうじゃと。奥様の美貌はそれほどなのですよ。勝てるからと言って、無闇に手合わせを受けないでくださいね。」
「…はーい。」
****
「…カイン様にも怒られるかしら…?」
この広い訓練場で小さな呟きを拾えたものはいないだろう。私は今、先日声を掛けてきた人物?(だったような気がする)と剣を手に向かい合っている。
何故こんなことになったのか。それは数刻前ーー
私はまた騎士団の敷地を歩いていた。同じように声を掛けられ、断ってすぐにその場を去ろうとしたが、その直後に発した彼の言葉が気に入らなかった。
「魔族の子のどこがいいんだ。あんな不吉な色、生まれてきたことが間違いだ。」
その言葉にカチンときた私は、ニコリと笑って振り返ると決闘を申し出た。
「騎士ですものね。私と戦いたいと言った言葉に二言など無いでしょう?まさか、たかが小娘に負ける事を心配だなんてしませんよね?」
そう言ってすぐにアンナに服を用意してもらった。ガミガミと怒られたけど、あの言葉は許せなかったのだと言うと、溜息をついて仕方ないですねと戦闘服をくれた。
ちなみにカイン様には言ってない。だって説明する時に、あの言葉を聞かせるのが嫌なんだもの。
剣を構えて開始の合図を待つ。大会と違って今回は容赦はしないと決めた。
合図がなり身体強化をかけると走り出す。何とか受けきれた彼は、そこまで訓練を真面目にしていないことが分かる。
(なんだ。あの新人の子より下じゃない。)
今度は風魔術を展開し、彼の自慢であろう髪を切り刻む。避けることすら出来ない彼は、怒りに顔を染める。
「おい、卑怯だぞ!」
「あら?なにが?これは決闘だと言ったじゃない。模擬戦でも手合わせでもないわ。…対人戦で頭を狙うのは常識じゃない。次は当てるわ。」
私がわざと低く言うと、彼は震え出した。その様子に審判からストップの合図が出され、私の勝ちを告げた。イライラとしていた私は、そのまま彼に近づき警告する。
「今後、二度と私の旦那様を侮辱したら許さない。貴方みたいな騎士道を重んじない騎士、大嫌いなのよ。人を貶める前に努力をしたらいかが?」
そう言って振り返ると深紅の瞳と目が合う。仕方ないなといった表情で笑うカイン様は、もう既に訳を聞いたのだろう。
聞かせたくなかったのに、と拗ねていると近づいてきた力強い腕に包まれる。
「シア。俺の為に怒ってくれてありがとう。…きみが強いのはわかってるけど、少しは俺を頼ってくれると嬉しいな。」
「……カイン様には綺麗な言葉だけを聞かせたいのですわ。貴方を貶める言葉なんていりませんもの。」
そう言ってそっぽを向くと、クスクスと笑われる。ムッと唇を尖らせると、耳元でカイン様が囁いた。
「そんな可愛い顔をしていると、キスを強請られているように見えるよ?あぁ、それともその通りかい?」
驚いて見上げると額に口付けが降ってくる。
「今はこれで我慢してね。可愛い俺のシア。」
「…もう!大好きですわ!」
勢いよく飛び込むと、そのまま首に腕を巻きつける。クスクスと笑いながら、腕に私を座らせるように抱き上げ腰を支えてくれる。
「知っているよ。」
静かだった周りが、いつの間にか『またやってるよ』という呆れた雰囲気になっていた。
私はこの先もカイン様の悪口は許せないだろう。この人のように寛容にはなれないけど、その度に苦笑しながら止めてくれる旦那様がいれば、少しは優しくはなれるかもしれない。もう少しだけ穏やかな復讐方法を探そうと決め、カイン様の頬に口付けを送った。