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「はぁ、帰りたいわ。こんなキラキラしいの好みじゃないのよ。目が痛い…。」
少し人酔いしたと、抜けてきたパーティ会場のバルコニーで呟いた。今日は、断ることの出来なかった王家主催の夜会だった。しかもこの夜会、疲れるのが未婚の令嬢、令息の為のお見合いのようなものなのだ。次から次へと話しかけてくる令息を、愛想笑いで躱すのがしんどくなってきた為、こうして夜風に当たっている。
「うん、私にしては頑張ったと思うわ。もう帰っても許されるわよね!」
月の光を浴びて白っぽくなる銀髪を弄りながら、言い訳するように呟いた。理由をつけて早々に帰ろうと、友人達の元へ向かうことにして振り返る。すると気持ちが先行していたからだろうか、人がいることに気が付かなかった。そのまま理解した時には、止まれるはずもなくぶつかってしまう。
なれない少し高めのヒールを履いていた私は、ぶつかった衝撃で後ろに倒れたーーと思った。いつまでも来ない衝撃に、思わず瞑っていた目を開けると、息を飲んだ。
真っ黒な夜空を思わせる黒髪に、ルビーのような赤い瞳は鋭く光っていて、スっと通った鼻筋や薄い口まで、完璧な配置で置かれていた。あまりの衝撃に自分が置かれている状況など、頭から吹き飛んでしまった。
すると整った眉がピクリと動き、眉間に皺が寄る。それでもなお美しい目の前の男性は、低く痺れるような声で音を紡ぐ。
「いつまでそうしている。立てないのか?怪我をしているようには見えないが。」
(この人は声まで美しいのか。)
などと場違いな事を思っていると、溜息をつきバランスを取るように身体を起こされる。
「…すまなかったな。先客がいると思わなかった。」
そう言って俯いた後、そのまま去ろうとする腕を慌てて掴んだ。驚く様子にしまったと思ったが、足を止めてくれたことに安堵し、手を離して丁寧にカーテシーをする。
「助けて頂きありがとうございます。私、リリーシア・マクベスと申します。どうかお礼させて頂きたいのです。お名前を伺ってもよろしいでしょうか?」
いきなり名乗った私に、ポカンと口を開け固まった彼の様子を見て、そんな姿まで格好良いのだと感心していた。
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「リリ?考え直さないかい?お父様はリリにそんな苦労をさせたくないんだよ。」
「お父様、何も決まった訳では無いじゃないですか。私はただ、手紙を書いて欲しいと言ってるだけではありませんか。」
私と同じ銀髪を振り乱しながら、泣きつくようにお父様が言う。
「その手紙の内容は婚約の申し込みじゃないか!」
朝ごはん中の食堂に響くお父様の声に、家族みんなが顔を顰める。
「良いんじゃないかしら。言うだけ言ってみれば。どうせ受けてくれるとは限らないんですし。」
私のことが好きな長女、フリージア姉様はニコニコしながら応援してくれる。
「リリが決めたんだ。好きにさせてあげなよ。」
「そうだよ。リリ姉様が決めた人なんだから大丈夫だよ。」
私のことを溺愛している兄、ユーリス兄様とシスコンの弟、ランスも私の味方のようだ。
「あらあら、リリちゃんは決めたら聞かないから、諦めた方がいいわよ。」
とうとうお母様まで私を擁護したことで、お父様は泣き崩れる。
「だって、あの『カイン・オルクロウ』だぞ!」
「何がいけないのですか!」
お父様の言い方にカチンときた私は、頬を膨らませて文句を言わせてもらう。
「恐ろしい容姿と噂だ…。リリちゃんが不幸になってしまったら…。」
スンスンと泣いているお父様の背中を、お母様はさすりながら諭すように言う。
「今時外見を気にするなんて貴方らしくないわ。あの方は誠実で真面目だと聞くわ。それに黒騎士団でも副団長でしょ?将来も安泰じゃない。」
お母様の言葉にウンウンと頷く。
この世界は外見が少なからず身分に反映される。とは言っても顔が綺麗とかそんなのじゃなくて、美しいとされるのは白に近い髪色なのだ。それに加え、瞳の色も薄ければ薄いほど美しいと言われる。
その為、お父様譲りの光に当てると白く輝く銀髪に、お母様に似た薄い水色の瞳を持って生まれた私は、赤子の頃から絶世の美女と言われた。
そんな私が人とズレていることを言っても、おかしいと思われないのは幼い頃からの言動にある。人とは違う感性を持っていた私は、格好良いものが好きだった。黒や青を好みピンクや黄色などを嫌がった。人形を放り投げ剣を握り、白騎士団の団長であるお父様の職場に着いていった。
初めは止められることも多かったが、余計に危ないことをされるよりはと、家族が折れるようになった。そんな私が、この不思議な感性の理由を理解したのは、度々夢に見ていたものが前世だと思い出した時だ。
日本という国で女子高生をしていた私は、今と同じく格好良いものが好きだったようだ。最後に見たものは、青信号を渡っている時のトラックだったので、きっと事故で死んだのだろう。
精神は大人のはずなのに体に引っ張られ、十八歳になった今でも私は大人になりきれないらしい。前世からこんな子供っぽいなんて事、絶対ない。ないはず。
「うぅ、僕の可愛いリリちゃんが…。」
朝食を終えた私は、未だに泣いているお父様をスルーして、「手紙よろしくね」と言って食堂を出る。叫んでいるお父様が憂いているのは、私が婚約したいと出した名前が、『魔族の子』と言われていたカイン様だったからだ。