幕間 サーシャの気持ち ※サーシャ目線
「はぁ……はぁ……待っていてくださいね……リーゾットさん……」
薄暗いダンジョンの中を、サーシャは無我夢中で駆け抜けながら呟いた。
早くギルドに戻って助けを求めなければ。そうしなければ、あの人が死んでしまう。
焦燥に駆られながらも、サーシャの脳裏にはリーゾットとの思い出が次々と浮かんでいた。
サーシャは、ギルドマスターである父と上級冒険者の母の間に生まれた一人娘だった。
幼い頃から両親の背中を見て育ち、自然と冒険者に憧れるようになった。
ギルドにもよく足を運び、どんな冒険者がいるのか興味津々で観察していた。
多くの冒険者たちはパーティを組み、ダンジョンへ潜って財宝を手に入れ、仲間たちと酒を酌み交わしながら豪快に語り合う。
そんな光景が日常だった。
しかし、そんな中でひときわ気になる存在がいた。
——去年から、目で追ってしまう人。
彼は、パーティを組まず、いつも一人で地道なクエストばかりこなしていた。
薬草採取、ドブ掃除、探し物の手伝い……ほかの冒険者が見向きもしない依頼ばかり。
「外れスキル持ちができる仕事もあってよかったな」
そんな心ない言葉を浴びせられても、彼は嫌な顔ひとつせず、黙々と仕事を続けていた。
ある日、受付嬢と話す彼の声が耳に入った。
「リーくん、本当に大丈夫? 毎日誰も手をつけないクエストをこなしてくれてありがたいけど、気持ち的にしんどくはない?」
「ありがとうございます。でも、大丈夫ですよ。困っている人を手助けしたい、それが僕が目指した冒険者なので」
「……本当に無茶だけはしないでね」
「ありがとうございます」
彼は本当に優しい人なのだと思った。
後になって、彼のスキルを知った。
もし私が彼と同じスキルを持っていたら、きっと冒険者を続けられなかっただろう。
それでも彼は、誰かのためにクエストをこなし続けている。
そして、私が15歳になり、冒険者登録をした。
発現したスキルは《癒やし》。
様々なギルドから誘いを受けたが、中でも熱心だったのがダンチさんという男だった。
「サーシャちゃん! 君のスキルは本当に素晴らしい! ぜひ、我々のパーティに来てくれないか? 今、ヒーラーがいなくて困っているんだ。我々のパーティは何と言っても……」
熱く語る彼だったが、その目は私の顔ではなく、胸元ばかりを見ていた。
断ろうと思った。
だが、パーティメンバーの顔を見て、言葉を飲み込んだ。
——あの人がいる。
後で聞いた話では、ニシリナさんが欲しがっていた防具の素材となるモンスターが毒を吐くらしく、彼を連れてきたらしい。
私は、ダンチさんの誘いを受け入れ、パーティに加入した。
それからというもの、彼は変わらず皆のために雑務をこなし、毒を肩代わりしても嫌な顔ひとつしなかった。
そんな彼を見ているうちに、私は彼への尊敬の気持ちを抱くと同時に、何もできない自分がもどかしく思うようになった。
——私の《癒やし》がもっと強くなって、状態異常も治せるようになったら。
そうすれば、彼はまたソロに戻ってしまう。
そう考えると、胸の奥が苦しくなった。
そして——そんな悶々とした日々の中、最悪の事態が起こった。
ダンチさんたちが私たちを見捨てて逃げたとき、もう終わりだと思った。
——ここで、死ぬのだと。
なのに——
「サーシャ、僕がもう一度防ぐ。その隙に逃げるんだ!」
「え、でも、リーゾットさんはどうするんですか?」
「大丈夫。さっき《癒し》で回復したから、もう一回は耐えられる。僕も防いだ後にすぐ逃げるよ」
彼は精一杯の笑顔を浮かべていた。
——嘘だ。
誰が見ても分かる。
彼は、私だけを助けるために——
「……わかりました……信じてます……。必ず、必ず後から来てくださいね!」
罪悪感に押しつぶされそうになりながらも、私は走った。
ギルドに戻り、みんなを呼ばなければ。
——絶対に助ける。
身体はボロボロだった。
呼吸も荒く、足は悲鳴を上げていた。
それでも、私は走り続ける。
すべては、あの人のために。
——お礼をしなきゃ。
助かったら、何かお礼をしよう。
彼が望むことなら、どんな要求でも——
「だから……絶対に死なないでください……リーゾットさん……」




