第三十二話 眠れない夜
夜。
焚火の前で一人、今日の出来事を振り返っていた。
今は火の見張り番で、みんなはすでに眠っている。
あの後——鬼神と化したサーシャが、次々と木々をなぎ倒していった。
あまりにも理不尽な攻撃に、サルンたちは恐れをなして盗んだものを投げ捨て、森の奥へと逃げていった。
最後まで笑顔を浮かべながら木を倒し続けるサーシャの姿に——
「彼女を怒らせてはいけない」
その場にいた全員が、そう思った。
その後は平地まで戻り、空が暗くなったタイミングでテントを設営して野宿をすることにした。
サーシャの機嫌もいつも通りに戻っていたが……スゥだけはボロボロになったクマのぬいぐるみを抱きしめ、ずっと落ち込んでいた。
よほど大切なものなのだろう。
そう思っていると——
「リーゾット、少しいいか?」
スゥがテントから顔を出した。
腕には、大切そうにぬいぐるみを抱きしめている。
「どうぞ」
僕は隣を指さし、スゥを焚火のそばへと案内した。
無言で焚火を見つめる時間がしばらく続いた後——スゥが静かに口を開いた。
「このぬいぐるみ……母さんが唯一、買ってくれた大切なものなんだ」
「お母さんが?」
「母さんは……私が小さいころに亡くなった。それ以来、この子はずっとそばにいてくれた。私にとっては……家族なんだ」
スゥは涙を滲ませながら、ボロボロのぬいぐるみをギュッと抱きしめた。
ドロドロに汚れ、所々綿がはみ出してしまっているが……それでも、大事そうに。
「そっか……じゃあ、戻ったら綺麗にしないとね!」
「えっ……?」
「ギルドには裁縫が得意な人がいるんだ。その人に縫い直してもらえばいいし、汚れたところは《浄化》のスキルを持つ人に頼めば、ピカピカにできると思うよ」
「……ほんとに?」
「もちろん! だから安心して」
僕が力強く頷くと、スゥはホッとしたように微笑んだ。
「ありがとう……ほんとうに、ありがとう……」
小さく呟きながら、愛おしそうにぬいぐるみを撫でている。
「……あとひとつ、お願いがあるんだ」
「ん?」
スゥは少しモジモジしながら、ぬいぐるみを抱きしめたまま——小さな声で言った。
「この子と、いつも一緒にいて……寝るときも、この子がいないと……その……寝れなくて……」
「ふふっ」
「わ、笑うなーー!!」
「ごめんごめん」
怒りながらも、スゥは頬を赤らめていた。
普段の凛々しい姿からは想像できないほど、女の子らしくて可愛かった。
「そ、それでだ! 寝れないから……その……横で、寝てもいいか?」
「……どうぞ」
僕はそっと、身体に巻いていた毛布をスゥにもかけてあげた。
スゥは僕の腕にギュッとしがみつきながら——
「ありがとう」
と、小さく呟いた。
無言で焚火を眺めながら、ゆっくりとした時間が流れる。
ふと、隣を見ると——スゥと目が合った。
「スゥ……」
「リ、リーゾット……」
無意識に顔が近づいていく。
気づけば——
「ん、ぷぁ……ちゅ、ちゅる」
「ちゅぱ、ちゅ、ちゅる……」
抱きしめながら、ゆっくりとキスを交わした。
「ちゅ……す、スゥ……ちゅる……」
「んぁ……ちゅ、ら……りーそっ……とぉ……」
もっと、もっとと、求めるようにスゥを抱きしめ——
暗闇の中、焚火の灯りが、二人の影を映し出していた。
外には、キスの音と焚火のはぜる音だけが響いていた——。