幕間1「サーシャの決意」(サーシャ視点)
「ふぅ……」
何度目のため息だろうか。
あの日以来、私は部屋に閉じこもり、外に出ることすらできずにいた。
冒険者を辞めるべきか——。
ずっと、そのことを考えていた。
冒険をするのが怖い。
もしまた魔王のような存在が現れたら?
あの時、リーゾットさんは奇跡的に助かったけど、次は——。
次こそ、本当に死んでしまうかもしれない。
それどころか、私のせいで彼が危険に晒されることだってある。
そんなことを考え始めると、ますます外に出る勇気がなくなってしまった。
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コンコン。
「サーシャ、少しいいか?」
ノックの音に顔を上げると、父の声がした。
部屋を出てリビングへ向かうと、食卓にはシチューが並べられていた。
父の得意料理で、私の大好物でもある。
私の母は冒険者で、今も長期のクエストに出ている。
昔から家を空けることが多かったから、父が母代わりとして私を育ててくれた。
こんな体格をしているけど、料理も掃除も完璧で、家事全般はとても得意なのだ。
父の向かいに座ると、いつものように一緒に食事をとった。
普段ならギルドの話や他愛もない会話を交わすのに、今日は妙に静かだった。
しばらくして、父がぽつりと口を開いた。
「……冒険者、やめてもいいんだぞ」
「えっ……?」
突然の言葉に、思わず顔を上げる。
「無理にお前まで冒険者になる必要はない。俺も、お母さんも冒険者だからって、お前に強制するつもりはないんだ。今回のことでつらい思いをしたのなら、無理に続ける必要はない」
父は静かに、でも優しく言った。
——わかっていた。
父には、私の迷いも恐怖も、すべてお見通しだったのだ。
「……わかった。冒険者はやめようか——」
そう言おうとした瞬間、言葉が詰まった。
脳裏に浮かんだのは、リーゾットさんの姿だった。
どんな時でも前を向き、困っている人を助けようとする彼の背中——。
あの人のためになりたい。あの人と、一緒にいたい——。
その想いが胸を締めつける。
気づいた時には、頬を伝う涙が一粒、シチューの皿に落ちていた。
——私は、リーゾットさんのようになりたい。
困っている人を助けられる、強い人になりたい。
「……わ、わたし、まだ諦めたくない……!」
「サーシャ……?」
「私も、困っている人を助けたい!」
震える声だったけど、心はもう決まっていた。
父はしばらく黙っていたけど、やがて小さく笑って、私の頭を優しく撫でた。
「……そっか。お前はお母さんに似て、強いな」
「え?」
「よし、わかった。頑張れよ! まずは、いっぱい食べて元気をつけろ!」
「……うん!」
私は目の前のシチューを、いつも以上に勢いよく食べた。
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その夜
夢を見た。
まだ幼かった頃——、
初めて「冒険者になりたい」と母に伝えた時のことだった。
「大切な人を守るには、強さだけじゃなく、覚悟が必要なのよ」
母はそう言って、優しく私の頭を撫でた。
——覚悟。
それが、私には足りなかったのかもしれない。
でも、もう迷わない。
私は、強くなる。
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そして、翌朝——
私は、ギルドへ向かう準備をした。
もう、あの日のような支給品の装備ではない。
——鎧。
これは、冒険者になった時に両親から贈られたもの。
「自信がついたら着なさい」と言われていたけど、私はずっとそのままにしていた。
でも、今日からは違う。
私は、前へ進む。強くなると決めたのだから——。
ギルドへ向かう途中、何度も胸が高鳴るのを感じた。
緊張していたけど、それ以上に、会いたい人がいる。
そして、ギルドの中で——その姿を見つけた。
私の憧れの人。
私の愛しの人。
「……り、リーゾットさん!」
勇気を振り絞って、彼の名前を呼んだ——。