第十二話 ギルドの真実
---
「そうか……魔王か……」
訓練場から戻ってきたアビさんに、思い出した記憶を話した。
「リーくん、頑張ったんだね」
アカネさんが優しく微笑みながら、僕の頭を撫でる。その手のひらの温もりが心地よくて、思わず目を閉じた。でも——
(や、やばい……!)
さっきのキスの感触を思い出してしまい、心臓が爆発しそうになる。顔が熱い。きっと今、赤くなっているに違いない。
「でも、魔王っておとぎ話の話よね~?」
「そ、そうですね。僕も両親からおとぎ話で聞いたくらいですよ」
——魔王。
それは、勇者の物語に登場する伝説の存在。
世界を混乱に陥れ、滅ぼそうとした悪しき王。
最終的には勇者に倒され、世界は平和を取り戻す——
子供向けのおとぎ話の定番だった。
でも、僕が見たのは——
本当に"作り話"だったのだろうか?
「いや……魔王は存在する」
「「えっ……!?」」
アビさんの言葉に、僕とアカネさんは思わず目を見開いた。
信じられない。
あれほどの存在が、本当に現実にいるなんて……。
アビさんは無言で立ち上がると、部屋の奥にある本棚に向かい、そこから一冊の古びた本を取り出した。表紙はすり減り、角が欠けている。明らかに、長い年月を経たものだった。
「これは魔王に関する記録だ。このギルドでは、代々ギルドマスターがこの本を管理している。俺も、ギルドマスターになるときに先代から受け継いだ」
アビさんがゆっくりと本を開いた。
だが、そこに書かれているのは見たことのない文字だった。まるで、古代の魔術書のように、複雑な紋様と不思議な記号が並んでいる。
「……読めませんね」
「俺もだ。先代も、先々代も解読しようとしたが、結局読めなかった」
それでも、アビさんは本のページをめくりながら、少し間を置いて続けた。
「ただ、一つだけ言い伝えが残っている」
その声色が、一瞬だけ低くなる。
まるで、"何か重大なこと"を語るように——。
「"魔王が再び動き出したとき、世界は破滅に向かうだろう。それまでに勇者を探し出せ"——」
「……!」
その言葉を聞いた瞬間、背筋に冷たいものが走った。
(もし……本当に魔王が動き出したら……世界が……!?)
ゴクリ、と無意識に喉を鳴らす。
すると、アビさんがふっと肩をすくめ、口角を上げた。
「まぁ、今のところは動かないとだけはわかったよ」
「えっ?」
「リーゾット、お前が呪いを受けたってことは、魔王はお前に興味を持ったってことだろ? ってことは、すぐに世界征服なんて動きはしないさ」
確かに——
魔王は僕に「興味を持った」と言っていた。
その状態で、すぐに戦争を起こしたり、世界を滅ぼそうとするとは考えにくい。
(じゃあ……少なくとも今は大丈夫、なのか……?)
いろいろ考えを巡らせていると——
「まっ、なんとかなるでしょう! リーくんも今まで通り頑張ったらいいんだよ♪」
アカネさんが明るく笑いながら、ポンポンと僕の肩を叩いた。
「そうだな! どうなるかわからんが、リーゾット、お前はお前のやれることをやれ! もし魔王が攻めてきたら……吾輩のこの筋肉でぇぇぇ、ぶっ飛ばしてやる! ガハハハハ!」
アビさんが腕をぐっと組み、たくましい筋肉を誇示するように笑った。
(……本当に二人には、頭が上がらないな……)
僕は自然と、肩の力が抜けた。
「はい! 頑張ります!」
「頑張れ頑張れ!」
「応援してるよ、リーくん♪ それじゃあ、チュッ♪」
「えっ——」
ふわり、と。
柔らかい感触が、僕の唇に触れた。
「あああああああアカネさん!!?」
「だって、三日間キスしないと死んじゃうんでしょ? だったら、私がしてあげないと~♪ それともサーシャちゃんが良かった?」
アカネさんがいたずらっぽく微笑みながら、上目遣いでこちらを見つめてくる。
(は、白状しろ……! これ、わざとやってるだろ!?)
ごごごごごごご……
背後から、何か"圧"を感じる。
「仕方ないとはいえ——リーゾットーーーー!!」
ギギギギギ……
ギルドの応接室が、異様な雰囲気に包まれる。
「サーシャにキス以上のことをしたら、許さんからなーーーーーー!!!!」
アビさんが鬼の形相でこちらを睨んでいた。
(き、キスはOKなのか……!?)
「ま、魔王よりこわいよぉぉぉぉぉ!!!」