第十一話 思い出す記憶
「うおおおおおおおおお!」
僕は勢いよく魔王に向かって駆け出し、手にした短剣で切りかかった。
「……そんなものか」
フッ――
魔王は体をわずかに横にずらしただけで攻撃をかわし、拳を振るった。
「ぐっ……ぶぁっ!」
強烈な一撃が僕の腹部を貫く。意識が揺らぎ、そのまま地面に倒れ込んだ。
ーーヒュゥゥンーー
「……な、なんだ?」
倒れている僕の体が、突然回復していくのが分かった。魔王が魔法で治癒したのだ。
「どうされたのですか、魔王様?」
フードの男が驚いたように尋ねる。
「なに、ダンジョンのモンスターたちは生きたままの人間を食うのが好きだろう? 連れて行け」
魔王はそう言い残し、僕に背を向けた。
――サーシャは……まだ逃げ切れていないはず……!
ここで倒れるわけにはいかない。
「ぐぐぅぅぅ……!」
全身に力を込め、震える足を無理やり動かして立ち上がる。
「ほぉう、まだやるか」
魔王は少し意外そうな顔をして、ゆっくりとこちらを振り向いた。
「まだ……僕は……倒れるわけには……いかないんだぁぁぁぁ!」
僕は再び短剣を握りしめ、魔王へと切りかかる。
「面白い。どこまで耐えられるか試してやる」
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どれほどの時間が経ったのだろうか。
首を切られ、腕をもがれ、全身を焼かれ――
そのたびに魔王は僕を回復させ、僕は何度も立ち上がった。
だが、ついに限界が訪れる。
足に力が入らず、地面に倒れ込んだ。
「くっ……くそっ……」
それでも諦めずに体を動かそうともがいていると、魔王がふと問いかけてきた。
「なぜ、諦めない?」
「……僕は……助けると決めたら、何があっても助けるんだ……!」
自分でも往生際が悪いとは思う。
だけど、僕はそういう人間なのだ。
ふっと笑みがこぼれた。
その時――
扉が勢いよく開いた。
「魔王様〜! って、まだ戦ってたんですか〜?」
「おい、言葉遣いには気をつけろ! 魔王様、馳せ参じました!」
二人組が部屋へと入ってきた。
フードを被っていて顔は見えなかったが、一人は小柄で、声からして女性のようだ。
もう一人は大柄で、フードの隙間から二本の角が生えている。おそらく亜人だろう。
「刹那剣舞、暴嵐轟砕、ご苦労でした」
フードの男が二人に話しかける。
刹那剣舞、暴嵐轟砕――スキルのような名前だが、彼らの名前なのか。
「魔王様、ご指示通り、最後に逃げた女はダンジョンの外に逃がしました」
「他の三人はワームの巣に送ってやったよ〜。最後の悲鳴、まじで最高だったな〜!」
二人が魔王に報告する。
――良かった、サーシャは無事に逃げられたんだ……。
安心しかけたその時、魔王が言った。
「……そんな指示は出していない」
――え?
フードの男がクスクスと笑う。
「魔王様ならそう指示すると思い、この闇霧幻影が先に指示しておきました。違いましたか?」
魔王は何も言わず、僕の方へとゆっくりと歩いてくる。
「ここまで立ち上がったのは――お前が二人目だ」
そう言いながら、手をかざし魔法陣を描く。
「ほう……」
「マジで〜?」
「まさか……《譲受》!?」
「フフフ……魔王様、これは運命ですね」
僕のスキルを見て、三人は驚いていた。
……僕の《譲受》が、そんなに特別なスキルなのか?
魔王は僕をじっと見つめたまま、静かに告げる。
「お前に興味が出てきた。このまま生かしてやる」
その言葉と同時に、魔王の手の魔法陣が緑色から黒く染まっていく。
「ただし、魔王に挑んだことに対する報いは受けてもらう」
黒い魔法陣が光を放ち、僕の体を包み込む。
「ぐうっ……! これは……何だ!?」
「ふふ、呪いだ。とはいえ、お前にとっては“祝福”になるかもしれんがな」
魔王の声が遠くなる。
そして――頭の中に、別の声が響いた。
『お前に呪をかける』
何かが、僕の体に刻み込まれていく感覚。
『この呪いは解くことができない』
『この呪いから逃れることもできない』
『お前に与える呪いは――』
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『3日間、誰ともキスをしないと死んでしまう』
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