警告という名のノイズ
カリンはふと手を止め、深いため息をついた。
彼女の目はモニターから離れ、どこか遠くを見つめている。その瞳には、過去を思い出すような翳りがあった。
「バーミンガムが財政破綻したのは……予想通りだった。」
そう呟くと、彼女は静かに話し始めた。
声は淡々としていたが、その裏には怒りや諦めといった複雑な感情が混じっていた。
「ロンドンに次ぐイギリス第二の都市、バーミンガム。あそこは、かつては産業革命を支えた活気のある街だった。でも、産業構造の変化と地方財政の悪化が重なって、とうとう破綻した。」
カリンは目を閉じ、当時の状況を思い起こしているかのようだった。
「今後、住民は公共サービスの削減に直面することになる。まず、公園や道路の管理が行き届かなくなる。次に図書館や文化事業が次々と閉鎖され、教育や医療、そして福祉の質もどんどん低下していく。貧困層がさらに追い詰められ、社会的な二極化が進む……そんな未来は、誰の目にも明らかだった。」
カリンは椅子にもたれかかり、冷静に言葉を続けた。
「私は、この破綻が起こる何年も前から分かっていた。財政の帳簿を見れば明らかだったから。無駄な支出、非効率な制度、そして人口減少と高齢化。どれも、時間の問題だった。」
彼女の声が一瞬止まり、しばらく沈黙が流れた。その間、颯真は何も言えずに彼女を見つめていた。
「でもね、分かっていたところで何ができる? 私がいくらデータを分析して未来を警告しても、誰も聞く耳を持たなかった。地方自治体の政治家たちは、目先の選挙しか見ていない。国の指導者たちは、もっと大きな利益しか見ていない。破綻の警告なんて、彼らにとってはただのノイズだった。」
「破綻が起きる直前、私は一度バーミンガムを訪れたの。図書館の近くにある小さなカフェで、子どもたちが笑いながら母親と話しているのを見た。その時、彼らが何も知らずに生活していることに、ひどく胸が痛んだ。」
カリンは瞼を閉じた。その表情には、少しだけ苦しみが浮かんでいる。
「数年後、その図書館は閉鎖され、公共の公園は管理が行き届かなくなったって聞いたわ。あの時の子どもたちが、今どうなっているのかなんて、もう考えたくない。」
カリンの語るバーミンガムの話は、彼女自身が背負う苦しみそのもののように聞こえた。颯真は、彼女が冷静に分析しながらも、どこかでこの現実を変えたかったのだと感じた。
「分かっていたけど、止められなかった……か。」
颯真が静かに呟くと、カリンは苦笑いを浮かべた。
「そう。知識は力だってよく言うけど、それだけじゃ無力なのよ。特に、それを聞くべき人たちが耳を塞いでいる時にはね。」
彼女のその言葉には、諦めと、それでもなお続ける意志の両方が込められていた。
「未来が見えるというのは、祝福じゃない。むしろ呪いよ。」
カリンのその一言は、颯真の心に深く刻まれた。彼女はただ予測するだけでなく、その先の無力感と戦い続けていた。
そして、それこそが彼女の生き方そのものなのだと、颯真は初めて気付いた。