お前は何を恐れているんだ?
タケシは玄関の靴を脱ぎ捨て、そのままリビングへと歩みを進めた。颯真も後を追って部屋の中に入ったが、タケシは彼の存在を完全に忘れたように振る舞い、窓際の椅子に腰を下ろした。そして、まるで自分に話しかけるかのように、静かに語り始めた。
「おかしいよなぁ、この宇宙ってやつは。全部、ひとつのエネルギーでできてるんだぜ。俺たちを生かしてくれて、俺たちの期待にまで反応してくれる。そんなすごいやつが、いつも周りにいるんだよ。」
タケシは小さな笑みを浮かべながら、空を見上げるように窓の外を見つめる。颯真はその姿に言葉を挟むことができず、ただ黙って耳を傾けた。
「でもな、みんなそのエネルギーと自分が繋がってることに気づかないんだ。だからだよ。みんな、自分が弱くて、不安で、何か足りないって感じちまうんだ。」
タケシは手を広げて、まるで宇宙全体を抱え込むかのような仕草を見せる。
「それでさ、その『足りない』って気持ちを埋めようとして、どうすると思う?」
颯真は返事をしない。タケシは目を輝かせて、まるで答えを知っているかのように頷いた。
「簡単だ。他人からエネルギーを奪うんだよ。」
「奪う?」颯真は思わず声を漏らした。
タケシは驚いたように彼を見て、少しの間沈黙した後、急に笑い出した。
「お前、誰だっけ?ま、いいや。奪うってのはさ、別に悪い意味じゃないんだ。ただみんな、自分が空っぽだと思ってるから、無意識に他人から力を引っ張ろうとするんだよ。優位に立とうとしたり、注目を集めたり、相手を黙らせたりしてね。」
「その競争がな、結局この世界中の争いの根っこにあるんだよ。家族も、友達も、職場も、国同士も、みーんな同じ。みんな、自分の中のエネルギーを増やそうとして必死なんだ。」
颯真は呆れたように笑った。「そんな単純な話じゃないだろ。」
タケシは肩をすくめ、目を細めて颯真を見た。
「単純だよ。お前が複雑に考えすぎてるだけさ。エネルギーは元々俺たちのものなんだ。取り合う必要なんかどこにもない。繋がってることを思い出せば、全部が解決するんだよ。」
タケシは椅子から立ち上がり、颯真に近づくと肩を叩いた。
「ま、俺は全部忘れちゃうから、このこともすぐに消えるんだけどな。」
そして、また何事もなかったかのように部屋の隅に歩き、棚の引き出しを開けて何かを探し始める。
颯真は、タケシの言葉があまりに単純で奇妙に聞こえたにもかかわらず、その中にある真実を否定できない自分に気づいていた。
「自分を繋がっている存在だと思えるなら……何を恐れる必要があるんだ?」
心の中で反芻しながら、颯真はタケシの背中を見つめ続けた。