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シコウノユメ  作者: MOCU
5/8

雲上の夢




 雲一つすらない快晴の青空。


 それは全ての雲の上に立てば見ることのできる光景だ。

 どの世界でもその光景を見られる場所はあるだろう。しかし、今この世界にそんな場所は存在しなかった。

 なぜなら。



「───コードC59を受諾(あ、そっち危ないよ〜)実行を開始(防御して〜)


「───コードD26を申請(ちょっ早く言っ!)。 コードD26を申請(ぎゃああああああ!!)


「───コードALCを審議(何やってんだ……)B位級第6隊を召集(おいお前ら行ってこい)


「「「───コードALCを受諾(ういーっす)実行を開始(行けたら行きまーす)」」」



 雲の代わりに、淡白で無機質な声(やけに人間臭い副音声)と共に動き回る()が空を覆っているからだ。

 翼を生やした鳥や人ではない。翼そのものが浮いているのだ。それらは二枚一対のものもあれば、四枚二対、六枚三対のものもある。色も形もさまざまで、しかし、そのどれもが羽ばたくということをせずに、空中を滑らかにスライドしていた。

 下に広がる雲海の中には、白と黒の斜市松(ハーリキンチェック)柄の固い滑らかな床が広がっている。所々雲で床が隠れたりするが難なく視認することができた。

 周囲にはただ、はるか遠い場所に高い灰色の壁があり、自分の体高の半分より低い位置に雲が出来ているのが見えるだけ。一つ気になる建物と言えば、真正面にある真っ白な神殿だろうか。


 ぼんやりとそれらを眺めていると、四枚二対の青い翼が目の前に滑り込んできた。


「───A位級(アンヘル)コードBWHを提案(どうしたんだ?)


 相変わらず聞こえてくるのは無機質な声だ。しかし、不思議と異言語が同時に翻訳されるように、気怠げな低い声が重なって聞こえてくる。


B位級(ベクター)提案を拒否(……いえ、なんでも)


 彼も自分も、相手を位級(苗字)で呼ぶ。互いに個体番号(名前)を知らないのもあるが、別に個体番号(名前)で呼び合うような間柄でもないからだ。


A位級の判断を審議(本当か?)コードBBTを提案(ぼんやりしてたぞ)


 個人的には、ただ空中に留まっていただけなのだが、彼にはぼんやり浮かんでいるように見えたらしい。


提案を拒否(大丈夫です)コードAWHを提案(貴方こそここで何を?)


提案を受諾(あぁ、そうだった)コード1COを申請(我らが主が呼んでるぜ)


 我らが主。天照。

 常に我々を天上から照らし、見守ってくださっている存在。

 彼の存在からの呼び出しとは、珍しい。


コードAWHを提案(私だけ、ですか?)


 何か重要なことを伝えるために呼び出されているのだろう。であれば、A位級以上の複数個体に声をかけているはずだ。

 それがどこからどこまでの範囲なのか、事前に把握しておけば、より行動しやすくなると思ったのだが。


提案を受諾(さあ、どうだろうな)コード1COを申請(行けば分かると思うが)


コード1COを受諾(……そうですか)実行を開始(それでは、これで)


実行を完了(おう、いってら)


 そうして会話を終えた 六枚三対 の白い翼は、燦然と輝く太陽に向かって、真っ直ぐに移動していった。






 覚えている。






 色とりどりの翼が目の前に現れた。



A位級(アンヘル)コードBSTを申請(もうやめてくれないか)


 二枚一対の、のっぺりとした赤い翼が警告する。



A位級(アンヘル)コードBSTを申請(こんなことをしても)コードBSTを申請(意味がないよ……)

 コードBWHを提案(なんでこんなことを?)コードBWHを提案(何か理由があるの?)

 コードBWHを提案(君に何があったんだよ)


 四枚二対の、蝙蝠の羽のような形をした緑色の翼が嘆く。



コードBWHを提案(なぜ貴女が敵なんだ)コードBWHを提案(優しい貴女がなぜ……)

 コードBWHを提案(なぜ叛逆を起こす?)コードBWHを提案(たとえ命令だとしても)

 コードBWHを提案(なぜ容易く殺せる?)コードBWHを提案(彼らは仲間だろう!?)

 コードBWHを提案(心は痛まないのか!?)A位級(なあ)返答を要求(答えろよ!!)


 三枚一対の、虫の翅のような形をした桃色の翼が叫ぶ。



「───A位級に異常性を発見(お前は狂っているんだ)

 コードBSTを申請(だからここで止める)コードBSTを申請(止めなきゃいけない)


 一枚だけの、大きな布のような形をした黄色の翼が立ち塞がる。




「───A位級異常個体(……アラ・アンヘル)




 四枚二対の、自分と同じ形をした青い翼が告げる。



コードBSTを申請(今ならまだ間に合う)コードBSTを申請(頼む、引き返してくれ)



 それはとても無機質な(悲しそうな)声だった。




「───B位級(ベクター)




 声が震えているような気がする。




「───提案を却下(……申し訳ありません)コード1ECを実行中(これは、使命なのです)




 そう告げた。その瞬間。



 自分の背後に、コードA74(高威力攻撃魔術)の視覚陣形が展開された。


 彼らの背後に、コードB61(攻撃妨害魔術)の視覚陣形が展開された。






 覚えている。






 モノクロの斜市松(ハーリキンチェック)柄の硬い滑らかな床は健在だ。

 上に広がる空も依然として青く、清らかに澄んでいる。



 そう。澄んでいるのだ。



 ノイズが一切ない。

 あの飛び回る物体はもう存在しない。

 あの無機質な(人間臭い)声も聞こえない。


 残っているのは己と主のおわす神殿のみ。



「……『律』」



 律。

 世界の誤り(・・)を正すこと。

 ただそれだけが、己の存在する理由。


 この身はすでに、物質的な限界を超えている。

 文字通り、世界を動かす部品である。

 それ故に、それ相応の権限さえも、我らが主はくださった。



 あぁ、我らが主よ。


 これは贖罪なのでしょうか。


 そうでなければ、我らが仰いだあの太陽(天照)が、憎き悪敵の集う地底(深淵)であるはずがない。



 そうでしょう?




 だって神は、平穏無事を望まないのだから。












 雲一つすらない快晴の青空。


 それは全ての雲の上に立てば見ることのできる光景だ。

 どの世界でもその光景を見られる場所はあるだろう。

 そこは徒歩で行ける場所の中で、最も日差しが強い場所でも、最も空気が薄い場所でもないが、最も高所に位置する場所ではある。


 違和感に気付いただろうか。



 そう、徒歩で行ける(・・・・・・)場所だ。



「ほぁー、すげーっ!」


 足元に広がる雲海の中に、白と黒の斜市松(ハーリキンチェック)柄の固い床が広がっており、所々雲で床が隠れたりするが難なく歩くことが出来る。

 周囲には壁も柵も、果てさえもなく、ただ自分の腰より低い位置に雲が出来ているのが見えるだけ。一つ気になる建物と言えば、真正面にある真っ白な壊れかけの神殿だろうか。


「どういう原理でここまで繋がってるんだ?」


「うぐ……気圧差すご……っ」


 荒れ狂う海に面する崖、その上に鎮座する巨大な観音開きの石扉を開いたら、目の前に広がるのはこの光景。

 まるで観光地に来たが如く、多くの冒険者達がぞろぞろと不思議そうな顔をして扉をくぐった。一部の者は低気圧に弱いのか、顰めっ面をしていたり、頭を抱えたりしている。


「おぉ、壮観だなぁ……!」


「うおぉぉぉぉぉぉぉ! めっちゃ走り回れるでござるー!」


「あれで雨風凌げんのか……? いや、雨は降らないからいいのか……」


「写真撮ろうぜ写真!」


「ふむ……荒神様と聞いていたから、てっきり嵐吹き荒れる渦雲の中にでも出るかと思ったが……」


「ちょっと気を付けなさーい! 落っこちても知らないわよー!」


 わーきゃーはしゃいで走り回る者、そそくさとカメラを取り出す者、何人かで固まって自撮りしはじめる者、建物や風景を遠目で見ながら考察しはじめる者、それらを見て周囲に気をつけるよう注意する者……


 訂正しよう。

 観光地の如く、ではなく、ここはまさしく観光地だ。




『試練』




 突然、頭に声が響いた。


「なんだ!?」


「おぉお、頭に直接……っ」


 性別も年齢も判別できない様な無機質な声で、それは告げる。




『人類。耐久、試練』




 その場にいる全ての存在が、強制的に理解させられる様な声。


「え? 何? 人類耐久試練?」


「おい見ろ、あれ!!」


 誰かが上を指差した。

 その声に呼応する様に、皆が一斉に顔を上げる。



 そこには、翼の球体が浮かんでいた。




『攻撃。三度。耐久』




 それは煌々と輝く太陽の様だった。


「うわ何あれ、天使……? じゃないよね……?」



 それは今にも落ちてきそうなギロチンの様だった。


「三回攻撃するから耐えろってことか?」



 それは今にも羽化しそうな蛹の様だった。


「ほーん……別に倒してしまってもかまわんのだろう?」


「おいおい、油断は禁物だぞ」




 翼が一枚ずつ、球体から剥がれていく。




『耐久』




 翼に覆われた部分が、露わになっていく。




『其レ即チ』




 翼が広がり、羽が粉の様に散っていく。




『生存』




 七枚の翼が、真空の球体を露わにした。






 ───コード666:天翼の試練(アラ・アンヘル)を申請。











 ───コード666:天翼の試練(アラ・アンヘル)の申請を許可します。


 只今より、対人類耐久試験を開始します。








 



 さあ、仕事だ。


 御律天帝神(アラ・アンヘル)




 七枚目(・・・)の青い翼が、そう言った気がした。




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