08 オレンジの種五つ
遅くなりましたm(._.)m
ホームズは名探偵として名を馳せている。
勿論、彼に解明出来なかった事件は皆無だが、その全てが解明して依頼者を助けられた訳ではない。
このホーシャムから舞い込んだ依頼は、その様な数少ない事件の一つだった。
雨の降る夜ふけに、その依頼者はやって来た。
こんな雨の日のこんな時間にやってくる者に、ただならぬ気配を私もホームズも抱いたのを覚えている。
依頼者であるジョン・オープンショーが持ち込んだ内容は確かに難解なものだった。
人付合いが悪いが、ジョンには優しい伯父のエリアスは、アメリカで農場主になって成功した男だそうだ。
戦争の時も活躍し、連隊長にまでなったらしい。
戦争後に農場へ戻って巨額の富を蓄えたが、黒人に対する反感と、その黒人に参政権与えるという政府の政策が気に入らなかったと言う理由で、ヨーロッパに戻ったと言うのだ。
そんな叔父が、1883年に外国から届いた手紙で慌て出した。
「K、K、K!」
「それは何です?伯父さん」
「死だ!」
封筒には五つのオレンジの種が入っているだけで手紙は無く、内側に赤インクでKの文字が三つ書かれていた。
「やりたい様にやればいい。しかし、返り討ちにしてくれるわ」
そう言って伯父は、ジョンに色々な手配をさせ、幾つかの手紙の束を燃やしていたと言う。
伯父は、万が一の時は財産の全てが最終的にはジョンの所へ行く様に弁護士に手配した。
そして酒に逃げ、何かに恐れる様に荒ぶれ、豹変したとジョンは語った。
「その伯父が、ある夜に酒に酔って家を出て、後に庭の小さな池にうつ伏せに頭を突っ込んで死んでいたのが見つかったのです。普段の奇行を考えて、陪審員は【自殺】の評決を下しましたが、私は伯父が死の恐怖にたじろいでいたことを知っていましたので、自殺をするとは到底思えませんでした」
伯父の死後、ホーシャムに住む様になったジョンの父親にも同様な手紙が届き、「書類を日時計の上に置け」と書いてあったらしい。
この屋敷の庭には日時計が有るが、書類は既に燃やされている。
伯父の書斎を調べ、燃やされた書類が【K・K・K】に関する物だと推測がたった。
だが、ジョンと同じく【K・K・K】を知らない父親は、イタズラと判断して警察には届けなかったが、知人の軍人の元へ相談に行った時に【落盤事故】で帰らぬ人となった。
そして、全てを相続する事になったジョンの所にも、オレンジの種五つの入った封筒が届き、警察に相談したが取り合ってもらえなかったので、プランダガスト少佐に相談し、ホームズを紹介されて今回の依頼に至ったそうだ。
その後ホームズは、手紙の消印や其々の日時などを詳細に聞き取っていた。
彼はジョンが見付けた書類の残りを使って、「他の書類は燃やされてしまった」と犯人達に返答する事を奨める。
希望を取り戻した依頼人は、ホームズの指示を実行すべく、夜のロンドンに消えて行った。
「ホームズ、K、K、K、とは誰だ?」
ホームズの説明によるとアメリカの暴力的な白人至上主義組織らしく、ジョンの話から考えれば彼の伯父も関係者である事がうかがえる。
ホームズは消印の日時等から、船で移動しているらしい事まで突き止めていた。
残念な事に、その翌朝。ジョンは帰路から離れた橋で、足を踏み外したと見られる水死体で発見される。
勿論、ホームズは事故とは思っていない。
彼は、プライドを深く傷付けられて落ち込み、犯人の船や航海予定を探りだし、自分が標的になる様な手紙を作って犯人を罠にかける手筈を整えた。
だが、犯人の船は予定日を過ぎても入港せず、行方不明となってしまった。
ワトスンは、この記録を読み返しながら、疑問を持った。
「アメリカの人間。それも小数の人員で、どうやれば隠遁生活状態の伯父を探し当てたのか?最後の消印はロンドンだったが、彼がホームズに会う事を事前に知っていたのか?紹介したプランダガスト少佐とは誰だ?
ジョン・オープンショーの遺産はどうなる?」
「・・・まさか、協力するイギリスの組織が有るのか?」
ワトスンには、一つの心当たりがあった。
ある意味でホームズに利を与える犯罪組織。
だが、この事件ではホームズに利は無かった。
名声も、依頼料も手に入ってはいない。表向きは。
「マイクロフト氏の懸念が本当だとすると・・・・」
ワトスンは想像する。
アメリカの結社がイギリスで人探しするとなると、警察か犯罪組織を頼るだろう。
そこで例の【教授】達と接触するのは有り得ない話ではない。
ジョンの伯父を見付けた犯罪組織は、表に出ずに搦め手を使う筈だ。
犯罪組織が欲するのは財産、結社が欲するのは書類。
犯罪組織は家庭事情を調べ、伯父の弁護士に手を回してから結社に居場所を教える。
犯罪組織の予想通り、結社は次々と相続者を殺していく。
最後に臆病で行動的なジョンが相続した段階で、犯罪組織は結社の者のスケジュールを確認し、彼等より先に模倣した手紙をジョンへ送る。
消印がロンドンだったのは、最終段階で上の者に指示を仰いだのだろう。
ジョンが警察に届けても、前の二件が事故と判断されているので、相手にされない。
ここで【プランダガスト少佐】なる人物が登場し、ジョンが知らなかった【シャーロック・ホームズ】なる名探偵が紹介され、所在地を知る。
通常ならば、手紙の消印であるロンドンには行かないだろうが、彼には既に伝が無い。
最寄り警察に相手にされなかったジョン・オープンショーは、ホームズを頼ってロンドンに急ぐだろう。犯罪組織の根城だと知らずに。
恐らく、この移動中に弁護士がジョン氏の遺言状を捏造していのだろう。
伯父と父親が変死したのだ。ジョンが遺書を残していても誰にも疑問に持たれないだろう。
ただし、受取人は誰も知らない人物だったりするのだが。
もし、プランダガスト少佐が現れなければ、ジョンはホームズ以外の探偵を当てにしたかも知れない。
ジョン氏はホームズの存在を知らなかったが、イギリスにはホームズに憧れた探偵モドキがゴマンと居るのだ。
その場合は遺書の偽造まで発覚する可能性もあっただろう。
残された希望をたどってジョン・オープンショーはホームズに相談して、彼の指示に従い行動する。
だが、彼が帰途についた途端に、その命は失われた。
ホームズを紹介した人物が、ベーカー街まで後をつけて来たか、待ちぶせしていれば済む話だが、その日にちまでは分からない。
プランダガスト少佐が後をつけて来たかも知れないが、ホームズと会った後に殺害したのには、他に相談したかの確認もあるのだろう。
「そうなると、ホームズも犯罪組織とグルだという事になる。でなければ、ロンドンへ向かう途中で殺してしまった方が早いからな」
ホームズは、ジョンから全ての情報を引っ張り出していた。
悪い方に考えれば、根拠の無い妄想は、大きく広がっていく。
犯人の船のロンドン入りが現実で無くとも、ワトスンには如何にも犯人がロンドンに居た様に、偽の情報を流せば良い。
ホームズが関わったが、ホームズは犯人達と対立している演出をすれば、腹を探られる事も無いだろう。
証人になりそうなK・K・Kは、船ごと始末すれば良いし、ホームズの関わる事件で【犯人が乗った船が遭難】なのは初めてではないのだから。
ホームズは頻繁に、独自のコネと情報網で、裏付けを取ってくる。
今回の事件にしても、ワトスンには調査結果を再確認する術がない。
警察に協力を頼むとしても、既に【事故】で処理した事件に手を貸す事は、ホームズの頼みでも難しいだろう。
彼が調べてきた【裏付け】は、正直言って真偽が問えないのだ。
「殺人として片付けられている訳でもないジョン・オープンショーの遺産がどうなったのか、調べに行っても守秘義務があるだろうしな」
ワトスンの想像も、真偽が問えないものだった。