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03 ワトスンの妄想1

 マイクロフトと会った後のワトスンは、普段通りにシャーロックの助手と記録係、検死官役を務めた。


 だが、一人になるとマイクロフト氏の言葉が頭をよぎる。


「シャーロックが悪い仲間とつるんでいた?悪事に手を染めている?」


 十年近くシャーロックを見てきたワトスンには寝耳に水の信じられない話だった。

 ただ、あながち肉親の評価を否定する訳にもいかない。


 ワトスンは、ホームズとの経験や彼の伝記を書く上で養った想像力を駆使して、想像の上で【悪人シャーロック】を仕立てあげてみる事にした。




 先ずは、マイクロフトが会計監査人だと言う事で思い出した事件がある。

 シャーロックが大学生の時に起きたという【グロリア・スコット号事件】だ。

 この事件は、時系列的な冒頭にマイクロフトと同じ【会計監査人】が関わる上に、馴染みのある【ハドスン】と言う名前が登場する。

 【ハドスン】は大家である女性と同じ姓だ。



 シャーロックが話す物語は、次の様なものだった。


 シャーロックが大学生の時の数少ない友人の一人に、ヴィクター・トリヴァが居た。

 彼とは飼い犬がシャーロックの足を噛んだことの見舞いが元で友人になったらしい。

 休日にヴィクターの実家に招かれたシャーロックは、その観察眼を披露して家主を驚かせたそうだ。

 家主のトリヴァ氏は妻を無くした資産家で、治安判事の職にある地主だった。

 その家でシャーロックが約一ヶ月の滞在を終える前日に現れた男【ハドスン】により、その後のトリヴァ家は掻き回されたらしい。

 家主はハドスンを庇ったが、我慢しきれなくなったヴィクターにより追い出された。

 後に、同じくハドスンと知り合いのベドーズから暗号文が送られてくる。

 その文を家主が読んで半狂乱になり、脳卒中を起こして病死したという事件だ。



 結末では、遺言書により家主の過去が語られた。

 家主トリヴァは元々が銀行で横領をした犯罪者で、流刑の途中で脱獄した過去がある事が明かされる。

 この時点で横領を発見した者として【会計監査】が登場する。


 流刑船は暴動で爆発沈没し、生き残ったのが罪人である後の【家主トリヴァ】と、後の【ベドーズ】。船員の【ハドスン】の三人だけだった。

 名前を変えて、後に大成したトリヴァとベドーズに対して、生活に困ったハドスンが脅しに掛かったと言う訳だ。


 暗号文は『ハドスンが二人の正体を明かすから逃げろ』というものだった為に、家族も地位もあった家主トリヴァは迷ったのだろう。心労から発作を起こして死んだのだ。


 ハドスンとベドーズに関しては行方不明だが、シャーロックはベドーズがハドスンを殺して逃げたと判断している。


 残された一人息子のヴィクター・トリヴァはインドに移住したらしい。



 さて、ここでシャーロックがどの様に暗躍するかをワトスンは考えてみた。

 話の全てが正しいかは疑問だが、仮名に知人の名前を使う男ではないし、特に正確さには神経質で仮名を使う様な男ではない。

 家主に明かされた訳でも無いのに、裏事情に詳しすぎる。現実的推理の域を越えている。

 犯人のハドスンと家主のハドスン夫人が同姓なのは偶然すぎないか?

 そもそも、シャーロックとハドスン夫人の関係は、どの様なものか?

 夫であるMr.ハドスンに関する話は、過去に一切出てきていない。


「もし、シャーロックと船乗りハドスンがグルだったら?」


 ワトスンの想像は、そこが起点だった。

 そもそも、非番の警官や旅先で事件に遭遇するなど、万にひとつしか有り得ない。

 現在のシャーロック達の様に依頼者が向こうから来ない限り、出先で事件に遭遇するならば、そこには何かしらの作意がある筈だ。


 恐らくだが、最初に酒屋でぼやいているハドスンを見つけたのはマイクロフトの言う【悪友】の情報網によるものだろう。

 シャーロックが大学でも人付き合いが悪かったと言っていたのは、悪友との交流を知られない為かも知れない。


「トリヴァがジェームズ・アーミテイジだとハッキリすれば、金をむしり取れるのに・・・」


 ハドスンは、そんな愚痴を何度も溢していたに違いない。

 アミテイジらしき男を見付けたが相手は治安判事だ。下手に人違いだったりするとハドスンは投獄されかねない。

 シャーロックにしてみれば、【トリヴァ】は聞き覚えのある名字だったのだろう。

 彼の集めた大学生徒のプロフィールとも一致する。

 仲間に親のトリヴァ氏を調べに行かせた後に話を持ち掛ける。


「成功報酬で良いから、それが証明できたら分け前を貰えるか?」


 ハドスンに損のない、こんな提案をすれば、話に乗らない訳がない。

 彼は詳しい話をしはじめるだろう。この件は、ハドスンという証人が居なければ成り立たないので、話しても出し抜かれる事はないからだ。


 シャーロックの見立てでは、完全に当人で間違いが無いが、直に見てみる必要もある。


 前もって、地元の政敵や不満を抱く家政婦。専属の医者にも、金と脅迫で協力を取り付ける。


 大学ではヴィクター・トリヴァの行動を観察し、足首に生肉を巻き付けて、ヴィクターの飼い犬に噛みつかせたのだろう。


 上手く話を合わせるのは、シャーロックの観察眼と知識をもってすれば容易い。

 手早く【友人】となり、『僕の推理力を君の父親にも披露したいな』とでも持ち掛けたのではないだろうか。

 前もって仲間にも下調べさせれば、父親に関しての【推理】には間違いがない。

 ハドスンの知っているアーミテイジの経歴を理由をこじつけて述べ、【JA】の刺青を見付けて確信する。

 船乗りや鉱夫が、顔が潰れる様な事故や遭難に備えて身体に入れ墨を入れる事は常識となっている。


 ハドスンに結果を報告するが、シャーロックとの接触を最低限にする為に、理由をつけて帰る前日の訪問を指示したのだろう。

 シャーロックとハドスンの関係が知れれば、シャーロックの立場も危うい。


 ハドスンにはトリヴァ家で好き勝手できると唆しておく。


 家人にストレスが溜まる状態にし、脅迫した医者に家主に砒素の様な薬物を処方させ、致死に至った段階で【脳硬塞】と診断させる。

 地方には医者は少なく、警察も納得せざるを得ないだろう。


 死因を『ハドスンによる嫌がらせから生じたもの』と断定させれば、ハドスンを逮捕させる事ができるし、その圧力を掛ける為にも政敵と密約を結んであるだろう。


 だが、死のタイミングは、ヴィクターの逆上により、意外な時期に訪れた。

 医師の行動と、死因を疑わない様にとの警察への圧力は、打ち合わせ通りでなくとも上手く纏まったのは偶然だったのか?


 失意のヴィクターに、悲しみを忘れる為にインドに移住する様にと奨められるのは、シャーロックくらいだろう。

 会計監査人の家計であるシャーロックが、財産の処分に関する(つて)を持っていると言ったらヴィクターは信じるに違いない。


 その後、トリヴァ家の土地と財産を転売した利益の一部は、シャーロック達と、懲役数年で済む筈だった船乗りハドスンの妻に送られたと考えれば、今のハドスン夫人との関係も頷ける。


「確かに荒唐無稽な推理ではあるが・・・」


 ワトスンには、シャーロックならばできるだろうとの確信があった。

 もしも、シャーロックに【悪い仲間】が居たとしたならば。


 グロリア・スコット号事件では、シャーロックが脅迫者に加担して、最終的に富を得る筋書きができた。

 だが、彼の事件の全てが裏工作のできるものでも無い。




「順番からすると、次はマスグレーヴ家の件か」


 それはワトスンがシャーロックと出会う前に、数年ぶりに会った同級生に依頼された事件だ。

 

 秘伝の儀式書にまつわる執事の失踪に始りチャールズ一世の王冠発見に至る。

 この事件で金銭的被害はなく、大金が動く事も無かった様だ。

 ただ、家中の事件に困った家主が、学生時代に顔見知りだった有名な探偵を、誰にすすめられる事もなく頼ったと言う流れらしい。


 あえて言えば依頼者の感謝と、探偵の名声が上がったくらいだろうか?




「私が直に知っているのは、シャーロックと出会って初めての事件【緋色の研究】からか。あれも金銭的な利益を得られていない。あえて言うならば知名度や、レストレード警部との人脈ができた位か・・」


 【緋色の研究】は、宗教がらみの横恋慕と駆け落ち、復讐劇だった。


「やはり、私の知らない協力者が居るのか?」


 ただ疑問なのは、警察が複数人で見いだせなかった情報を、如何にしてホームズ単独で導きだしたかだ。


「宗教的権力者に逆らえなくて皆が口を閉ざし、ましてや余所者や警官に話す事など有り得ない。つまりは【暴力や脅迫】か・・」


 ホームズ自身が暴力を振るえば、彼は表舞台に出る事が難しくなる。

 非合法な協力者の存在は必須だろう。


 【調べれば正しい情報のみが直ぐに手に入る】と言うのは、子供向けの御都合主義物語り。つまりは【童話】だ。


 それに、東洋には『十人十色』と言う言葉があり、十人の人間が居れば、好みや物の見方が其々に違うと言う意味らしい。

 つまりは、一つの事象に対して十人が、嘘ではない異なる事実を述べる可能性がある。

 十の事実(リアル)に対して、どれが一番真実(トゥルース)に近いか、見極めるのは大変なのだ。

 更に、そこには個々の立場や感情、勘違いも加わる。


 御伽噺ではなく現実には、論理的な真相に迫るのは大変に困難なのだ。

 ただ、情報が多ければ統計を使って真相に近づく事はできるだろう。


 グロリア・スコット号事件でも、大学に残っていたシャーロックが一人で現地に赴き、情報収集するには無理がある。


「どう考えても、シャーロックの為に動く非合法協力者は、二三人では足りないんじゃないか?」


 カツアゲでも、一人を相手に三人以上でかかるのが定石と言われている。

 情報量を増やすなら、それの倍数だけの人員が必要な計算になるのだ。


「それだけの人数を手配できるのは、警察(ヤード)でもなければ、マイクロフト?いや、どちらも非合法行為はできないだろう。あとは、例の【教授】くらいか?」


 ここに、マフィアの様なものや、秘密結社の様なものが関わっていれば、まだ選択肢は増えるのだろうが、シャーロックの周りには見いだせなかった。


「やはり、マイクロフト氏の言っていた【悪い仲間】か・・・・」



―――――――――――――

時系列は、鈴木利男氏が2022年発表の説を参考にしています。


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