06.5 レストレードの受難
作品を描き終えた後に思い付いた、追加の作品です。
シャーロックは麻薬をやっていたので、麻薬密輸入の物語を創作しました。
原作には存在しない物語です。
これは、ワトスンによって書かれなかった事件だ。
その発端はシャーロック・ホームズが、縛り上げた男を英国警察に連れ込む事から始まる。
悪くない意味で顔馴染みであるホームズは、さっそくレストレード警部を呼んだ。
「レストレード君!件の教授が、また犯罪を計画している様だぞ」
ホームズが言う【件の教授】とは、当然モリアーティ教授の事だ。
調べたところ、ホームズが連れ込んだ男はザックと呼ばれる麻薬の売人で、ヤードでも指名手配されていた。
「ホームズさん。この男が教授で、事件の全てと言う訳じゃないんでしょ?あなたが事件解決の前にヤードへ来るなんて珍しいじゃないですか?」
麻薬の売人一人など、ホームズが相手にする筈もない事件だとレストレードは知っているのだ。
「今回ばかりは、個人の力ではどうにもなりそうにないんで、協力要請という訳さ」
レストレードはザックの方へと視線をやった。
「話せば、本当に減刑してもらえるんですかい?」
どうやらホームズは司法取引による減刑を餌に情報を引き出す計画らしい。
ザックの言葉から、ソレを察したレストレードは検察官と裁判官を手配した。
「まぁ、減刑は情報の内容によるがな」
「それはもう、凄い事件ですから」
先に減刑を確約しないのはレストレードの頭の良いところだ。
この男からの情報は、モリアーティ教授がコカインと阿片を大量にイギリスとアメリカへばら蒔くという物だった。
「ちゃんと減刑をしてくれるんなら、船名とイギリスへの到着予定を喋りますぜ。こうして捕まっちまったら裏切りも糞もありやせんからね」
「レストレード君、投獄中に殺されない様に個室の牢にしてやってくれ」
「そいつはありがてえや」
「考慮しましょう」
ホームズは、更に餌をちらつかせ、レストレードはソノ意図をくんだ。
船は南アメリカからイギリスへと向かっている途中で、帆船なので天候によって予定日が前後する事があるらしい。
「しかし、本当なんだろうな」
「勿論でさぁ!船倉いっぱいに二種類の箱が積まれてやして、【教授】って呼ばれた爺さんがそれぞれ一つを開けて仲買人達に見せてやした。沢山の仲買人を蒸気船で集めて何事かと思いやしたが、あの量をさばくなら納得でさぁ。アメリカ訛りの奴も居やしたし、あっしの知ってるドムーやディアスってロンドンの仲買人も居やしたから手広くばら蒔くんでしょうね」
「本当ならヤードだけでは手に負えんな」
ザックのあげた名前は、ヤードでも把握している密売人のものだった。
阿片は東南アジアで多く栽培され、インドを経てイギリスへと密輸される。
コカインは南米で作られている麻薬だ。
イギリス到着前に、仲買人達に大量の麻薬を見せたのは、短期間に売り払うために大金を用意させる必要があるからだろう。
「インドから喜望峰を経て南アメリカへ渡り、イギリスへ持ち込むのだろう。南アメリカから北アメリカへのコカイン持ち込みは警戒されるが、一度イギリスを通せば警備は緩くなる。恐らくだが、スパイスや穀物として積み込んでいるのだろうな。スパイスと一緒に積めば匂いも消せるし。流石は教授だよ」
「ホームズさん、悪人を讚美しないで下さいよ。では、そのルートを使う帆船を絞り込めば良いのでは?」
「レストレード君。燃料費節約の為に帆船を使う船が常に数百あるのを知らないなかね?航海予定など嵐を避ける為と言って予定外の港に寄る事さえあるのだ。せめて船名が分からなければ、全ての船の全ての荷を調べる事になるじゃないか?」
「確かに、それは無理ですね」
手分けするにも、人員が無制限に居る訳ではない。
「人員不足と言えば、ワトスン先生の姿が見えませんな?」
「彼には医者としての仕事もある。この時期に船旅などさせられないからね」
大西洋の何処に居るかも知れない船を探すのだ。
一週間や二週間で解決するわけがない。
翌日になってやって来た検察官と裁判官を前に、ザックはやっと船名とイギリスへの到着予定日を口にした。
霧で視界の悪い海に、その帆船は漂っていた。
「アメリカとも協力して20隻もの高速蒸気船を駆使した甲斐がありましたなぁ」
「とは言え、一ヶ月以上掛かって、結局はイギリス間近になってしまったがね」
やはり、無線通信もレーダーもない時代に大西洋から一艘の船を見つけるのは至難の技だった。
無線式のモールス信号が開発されるのは、数年後の1895年の事となるのだ。
しかし人海戦術の甲斐もあって、情報にあった帆船ガブスレイ号は高速蒸気船に囲まれて、既に逃げる術はない。
ホームズはレストレード警部と共に、その船へと乗り込んでいった。
「僕は操舵室へと向かう。レストレード君は警官を伴って船倉で物証を確保してくれたまえ」
「了解です。ホームズさん」
ホームズは、この手の船に精通しているのだろう。迷わず船内を駆け上がっていった。
捜査権の無いホームズが船長へ捜査令状を提示し、警官隊が船倉を捜索すると乗船前に分業を決めていたのだ。
ホームズにも警官を一名付けてはいる。
船倉に着いたレストレードは、ザックの話通りに山積みされた二種類の箱がある区画を見つけた。
だが、厄介な事にその区画は鉄格子で区切られていて、見えていても触る事ができないでいた。
「鍵を持ってこさせろ!いや、鍵を壊せ」
見えていても手の届かない物証を前に、レストレードも焦っている様だ。
甲板へとかけ上がる警官の足音と、入れ替わる様に降りてくる複数の足音をレストレードは耳にした。
「待てっ!モリアーティ」
「おのれホームズ。邪魔ばかりしおって」
ホームズと別人の言い争う声が足音と共に近付いてきていた。
「クソッ!こんな所にまで警官が!お前らに渡すくらいなら」
警官達とは別の通路から出てきた老人が皺苦茶の顔でレストレード達を睨んでいる。
シルクハットに大きめのコートを着た背中の丸い老人は、懐から出した物に火を付けて、鉄格子の中に投げ入れたのだ。
「まさか?ダイナマイトか!」
レストレード達は力づくで鉄格子を開けようとするが、びくともしない。
老人は、ダイナマイトを二つ三つ投げ入れて姿を消した。
入れ違う様な早さで、ホームズが別の小窓から顔を出した。
「レストレード君。教授は?」
「ホームズさん、彼は船尾の方に逃げました。それよりダイナマイトが」
「モリアーティめ!なんて事を。絶対、逃がさんぞ」
叫んだホームズも窓から姿を消した。
そうこうしているうちに、一つ目のダイナマイトが爆発し、船が大きく揺れた。
続けざまに爆発したダイナマイトに船体は耐えきれず、船倉に水がなだれ込んできた。
一部は金属で補強されているが、帆船は木材を多用して作られている。
「警部、避難した方が良いのでは?」
「目の前に証拠があると言うのに・・・」
部下に引かれてレストレード警部は渋々甲板へと上っていった。
「レストレード君。無事か?」
「ホームズさん、教授は?」
「済まない、救命艇で逃げてしまった様だ」
見ると、小型の船に人影があり、霧の中に消えていくところだった。
船は傾きはじめ、警官に報告を受けた船員が、救命艇を下ろしはじめている。
「モリアーティを追いたいが、船員を海に放っておく訳にもいかない。教授は逃がしたが、事件を未然に防ぎ資金的なダメージを与えたという事で満足するしかないな」
「荷物の存在は確認しましたが、確保できなかったのは残念ですよ、ホームズさん」
ホームズとレストレードは蒸気船に戻り、囲んでいた警備艇で脱出した船員を救助しはじめた。
あれだけの麻薬を仕入れるのには、かなりの費用が必要だっただろう。
それが海の藻屑と消えたのだから、教授の被害は甚大と言える。
結局ホームズは、発端から二ヶ月以上後にベーカー街へ帰ってきたのである。
とりあえずは、事件は解決した。
船会社は保険で荷物の弁償をし、新しい船を購入した。
そしてロンドンからは、麻薬の売人が一人減った。
だが、ロンドンに帰ったレストレードは納得いかなかった。
あの箱の中身は、本当に麻薬だったのか?
モリアーティは一つの箱の上の部分にだけ麻薬を乗せて【見せ物】としていたのではないか?
紙幣などは、札束の両端だけを本物にして、枚数を誤魔化す詐欺が存在する。【見せ金】という奴だ。
「そもそもモリアーティは、あの場所から救命艇でイギリスまで帰れたのか?確かに船上に人影は有ったが人形かも知れない。船底に小さな穴を開けておけば、やがては海の底だしな」
周囲に船影は無かった。
捜査の蒸気船に協力者が居たのかも知れないが、今となっては確かめようが無い。
「そう言えばワトスン先生が、変な事を言っていたな。【ホームズの独り二役】だとか」
もし、この事件の全てが詐欺だとしたら、どこにメリットが有るのか?
「そうか!空の荷箱を沈めた保険金詐欺かも知れない」
蒸気機関が活躍する現代においても海賊紛いの行為をする輩は居て、荷物には保険金を掛けている。
荷物がスパイスや砂糖等なら、水没した時点で存在の是非を問えなくなる。
今となっては、全ての物証は海の底だった。
「警部、保険会社から人が来てます。船の沈没原因が警察にあるのだと言ってきてまして」
「あれは、モリアーティ教授が・・・って、証拠も証人も居ないのか。ホームズは警察に同行していたから証人にはなれないし」
捜査の為に船倉からは人払いをしていたのだった。
「ホームズの話に乗って、良かったのか、悪かったのか?」
陣頭指揮をとっていたレストレード警部の受難は始まったばかりだった。
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登場人物の名前は、ガンダムのMSであるザク、ドム、リックディアス、ガブスレイからとっています。