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11 コピーキャット

 シャーロック・ホームズも歳をとり、探偵業を引退し50歳を越えた。

 彼の伝記をほぼ書き終えたワトスンは、久々にホームズの元に訪れていた、


「久しぶりだなホームズ。元気そうで何よりだ」

「君は従軍時の傷が痛む様になったんだな?ワトスン」

「何でもお見通しなんだな。時々警察(ヤード)に来ている様だが、そこで知ったか?」


 若い時に痛めた傷が、完治していても晩年に痛みだす事は多々ある。


「聞き込みをしなくとも見れば分かるよ。ロンドンへは事件の解決も有るが、警察学校での講義を頼まれてね。今では私も【教授】と呼ばれているよ。で、今日は何用かな?いくら引退したとは言え、わざわざ旧友の顔を見るだけの為に来たのではないだろう?」


 椅子に座って、差し出された御茶を飲みながらワトスンは、早速に本題に入った。

 ホームズとは回りくどい話をする関係では無いのだから。


「伝記の執筆も最終巻に取りかかった。そこで、長年疑問に思っていた事を聞いてみたくてな。まぁ、答えが得られるとは思っていないがね」

「君にしては、ずいぶんと弱気だねワトスン君」


 ホームズは、いつもの様に、くわえていたパイプの吸い口を額に当ててワトスンの話を待った。


「君が倒したと言う【モリアーティ教授】だが、彼は実在したのかね?」

「おかしな事を聞くね?ワトスン。彼がダラム大学に実在していたのは、調べたのだろう?」


 当然、伝記を書く上で、その点は調べた。

 ホームズが殺したと言う時期に、行方不明となっている事も。


「君は、件《くだん》の黒幕を【犯罪界のナポレオン】と称していたから【犯罪皇帝】とでも呼ぼうか。だがねぇ、ホームズ。私は、いや、レストレードさえも、ダラム大学の教授が【犯罪皇帝】だとは信じてないんだよ」

「違うと言う証拠は?」

「同様に同じだと言う証拠も無い。教授の名を語って容姿を真似だ別人かも知れない」


 ワトスンの返事にホームズは笑みを浮かべていた。


警察(ヤード)が僕を信用していないのは昔からだ。今もこうして、見張りを付けているからね」


 ホームズは、横で紅茶を入れている執事に目をやった。


「トバイアス・グレグスン警部か・・・」

「元警部ですよ、先生」

「私も引退して【元先生】なんだがね」


 ホームズの執事をやっているグレグスンは、レストレード警部と張り合っていた元警部だ。

 退役軍人から警官になった変り者だが、規律に厳しく有能な男だったと記憶している。


「だが、ホームズ。確か君は変装も得意だったよね?」

「まさかモリアーティを倒した後の再会の時の事を、いまだに根にもっているわけじゃあないよね?ワトスン」

「いや、そんな事は無いが、君がモリアーティと一人二役を演じていたか、誰かに演じさせていた可能性も有るのではないかと思ってね」


 当初、ホームズとモリアーティは共に滝壺に落ちて死んだと言われていた。

 だが、実際はホームズだけが生きのこり、モリアーティの残党を始末して戻ってきたのだ。

 その際に、変装してワトスンに近付き、変装を解いて脅かした過去がある。


 確かにホームズが死んだ事にすれば残党は油断し、残されたワトスン達が人質にされる事もない。

 ホームズが死んでいれば人質にするメリットが無い。


「実に合理的な推理だが、それでは犯罪は僕の自作自演。答えを知った上での探偵劇で、僕自身の推理力は無く【シャーロック・ホームズは無能】と言う事かな?」

「君や、君の一族の洞察力や推理力を疑った事は無い。だが君は、若い頃から随分と【ヤンチャ】だったそうじゃないか?」


 ホームズは少し頭を抱えて怨めしそうにワトスンを見た。


「ワトスン君、君なら分かってくれると思っていたがねぇ?僕は麻薬と悪事からは、キッパリと足を洗ったんだよ。見てただろう?」

「君の全てを見ていた訳じゃない。ホームズが同居人に訪問医を選んだのには、いつもは暇だが、急患や怪我人が出れば出掛けなくてはならないからじゃないかってね。裏社会を牛耳る【犯罪皇帝】ならば、必要な時に怪我人を作る事など容易だろう?」

「それは邪推と言うものだな。我々の運命の出会いを汚すつもりなのか?」


 ホームズは、ワトスンの推理が偏った思考の賜物だと指摘した。


「それを言うなら、運命や偶然を信じにくくなったのは、君と付き合ってからなのだから、自業自得と言うものだろ?ホームズ」


 ホームズは、疑われる原因を作ったのが自分だと言われて否定できなかった。


「仮に。そう!仮にだ。この【名探偵シャーロック・ホームズ】の裏の顔が【犯罪皇帝】だとして、その目的や動機は何だね?」


 犯罪には、目的や動機が必要だ。例え愉快犯にしても利己的な理由があるものだ。


「目的か?犯罪皇帝の事件は、多くが他者への【犯罪手法のレクチャー】だ。もしくは、部下に指示してのものかも知れない。【犯罪皇帝】は実行犯から貰うレクチャー代や、部下が稼いだ金を得るし、【探偵】は社会的名声と人間関係や恩を作れる」

「確かに、それはメリットだな」


 ホームズは、目を閉じて頷いている。


「君は教授が居たと言うが、私は殆ど見てないんだよ。それに同居している時からの家賃や生活費。今現在の生活を支える資金は、何処から手に入れている?マイクロフト氏にも確認をとったが、家族からの支援は受けてないそうじゃないか?」

「それこそ、ワトスンがさっき言った通りだ。『【探偵】は社会的名声と人間関係や恩を作れる』と。学生時代から探偵をやっている僕には、君の知らない多くの支援者が居るんだよ。いや、知っている中にも支援者は居るがね」


 ホームズの言い分はもっともだ。

 『君の全てを見ていた訳じゃない』とワトスンの方から言ったばかりだったのだから。


「加えて君は忘れていないかね?探偵業の報酬もあるという事を」

「それは、君の行動範囲や収集癖を見れば、とても足りるとは感じないよ」


 ホームズは、本や特別な物をたくさん持っている。

 庶民とは金の使い方が根本的に違うのだ。

 それに、探偵業に用いた情報がタダな訳がない。

 金でしか手伝わない者、金でしか口を開かない者は大変に多い。

 この時代、年収が100ポンドでブルーカラー。200ポンドでホワイトカラーとも言われているらしい。

 ホームズの収集癖を考えると、千ポンドは二・三年で消えるだろうし、探偵業の報酬も高額ばかりではない。


「そうまでして疑うのかね?しかし、僕が【犯罪皇帝】だったとしたら、意外と社会に貢献したんじゃないのかね?潜在的な犯罪者を炙り出して、警察に引き渡しているのだろう?君の見解では犯罪皇帝自身は犯罪を犯していないのだから」

「だが、それは【共犯】だろ?実行犯だけが犯罪者と言う訳ではないし、金銭的供与も受けているのだから」


 苦笑いをしたホームズは、立ち上がって本棚から一冊の本を取り出した。

 それは、ワトスンが既に販売した分の【シャーロック・ホームズの伝記】だ。


「君は知らない様だね?君の出版した本には、僕が解決した犯罪の手口が詳細に書かれている。伝記でもあるし、リアリティが有るのは間違っていない」

「それが、どうしたと言うんだ?」


 ワトスンには話の繋がりが見えなかった。


「近年、この本を参考にした犯罪が増えていると言う話をレストレードから聞いてないのかね?まぁ、付き合いの長い本人には言いにくいだろうが」

「その話は本当なのか?」


 新聞には、事件の原因と結末しか書かれていない事が多い。

 記事を見てもワトスンには、自分の本と同じ手口かは判断できないのだった。


「その犯人達から、君は印税と言う形で金銭的供与を受けているだろ?」

「つまりは、犯罪皇帝と同じだと?」


 ホームズは目を閉じたまま、首を左右に振った。


「君の言う【犯罪皇帝】と【探偵】は、犯罪者を生み出しては刈り取ってきたが、この【著者】は犯罪者を生み出してばかりじゃないか?君の執筆活動には以前から口を出していないが、何とも【無責任な犯罪皇帝】と言えなくはないか?もっとも、これは【犯罪皇帝と探偵が同一人物】として比較した評価だが」

「・・・・・・今は私が【犯罪皇帝】なのか・・・」


 既に出版した本を回収する訳にはいかない。

 だが、ホームズの言う模倣犯(コピーキャット)は可能性が大きかった。

 レストレードに聞いても言葉を濁すだろう。


「いや、君には別の【ふたつ名】があったな?】

「【名医ワトスン】か?それとも【名助手ワトスン】かな?」


 ホームズは人指し指を立てて左右に振った。


「1887年に結婚した君は、翌年に悲しい別れをして221Bに戻ってきたね?でも、離婚のストレスを殆んど見せず、君は僕の捜査につきあってくれた」

「それは、離婚の傷心を忘れる為にだね、一心不乱に仕事と事件に向き合ったんだよ」


 ワトスンがホームズとの同居を再開してから、年内だけでも【黄色い顔】【夏のある水曜日】【ギリシア語通訳】【四つの署名】【シルヴァー・ブレイズ】【独身貴族】と6つの事件に関与している。


「それが君の【言い訳】かい?【別れ】の内容を詳しく聞く気はないが、僕は君が女性に対するストレスを別の形で発散させていたと推理している」

「別の形とは?」


 ホームズは手元にあった新聞を手に取った。 


「新聞でも騒がれたじゃないか!その年1888年からロンドンで女性を切り裂く事件が起きているのを知らない者は居ないだろう?」

「まさか【ホワイトチャペルの殺人鬼】とでも?」


 それはホワイトチャペル地区の娼婦ばかり11件も、内臓を摘出して殺害するという残忍な事件だ。

 仮に、妻に裏切られて女を怨む様になった医者が、娼婦ばかりを狙って殺すのは、動機として十分に考えられる。


「確かに医学に興味か精通した者の犯行と言われていた様だが?それこそ、根拠の無い邪推だろホームズ。そもそも、年末からはいろいろ忙しかったから、そんなマネは出来ないよ」


 後世では【切り裂きジャック】として有名な事件で、犯人は見つかっていない。


「その事件は1891年くらいまで続いたが、警察は当初の犯人の犯行は1888年8月から11月の二ヶ月十日の五件で、後は模倣犯だと見ている。本物の活動期間は、ワトスン君が221Bに戻ってきてから始まり、メアリー嬢と結婚したのと同時期に上手く終わっているね?これは偶然かな?まぁ、動機は他にも従軍医として振るっていた腕が、訪問医として鈍るのを嫌うというものも有ると思うが?」


 医師として死体を解剖するのと、生きた人間を手術するのでは、多くの違いがある。

 相手が裏町の娼婦ならば捕獲も容易だし、表社会では恥部扱いされているので大事になりにくい。


 ワトスンは、結婚したメアリーとも五年後に【死別】しているらしい。


「それには何の証拠もない。如何(いか)にも女嫌いの君らしい【邪推】だな!」


 ホームズが唯一認めた女性にアドラー嬢が居たが、それも【性的】な感情では無かった。


「女嫌いは君も同じじゃないのか?そうだな、僕も御互いに【邪推】だと思うよ。でも【探偵】と【犯罪皇帝】の組み合わせ同様に、自由に警察へ出入りできる【探偵助手】と【切り裂き魔】の組み合わせも良い隠れ蓑で面白いと思わないかね?」


 この【邪推】には、この両者が裏の顔を持つという御互いの推理と、御互いが【実は女嫌い】と言う二点に関しての【邪推】と言える。

 どちらも『動機や可能性がある』だけで、証人も物証も無い。



「何か、変な方に話が向かいそうだな。これ以上は御互いの関係悪化に繋がりそうだ」

「そもそも、君から振った話しじゃないかワトスン」


 ワトスンは、ゆっくりと立ち上り、不敵な笑みを浮かべて帰っていった。

 その笑みには、どんな意味が有ったのか?


 残されたホームズはパイプのタバコの葉を入れ直し、再び火を付けてトバイアスに視線を送った。


「ハドスン夫人は老衰で天寿を全うし、レストレードも警察を引退する様だから穏やかに終わりたいだろう。最後の不安要素のワトスンも、もう姿を現さないのは確実だ。どうだね?僕の計画した通りに楽で安全な生活が送れる様になっただろう?【大佐】」

「だからと言って、たまに若僧達に犯罪のレクチャーするのは辞めて下さいよ。私の替え玉みたいに使い捨ててはもったいなさ過ぎますよ【教授】」


 この二人が、いつからつるんでいたかは分からない。

 そして、この物語が「シャーロック・ホームズ シリーズ」の深淵か否かも分からないままだった。


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