最強クラスの探索者
「まあ、人間じゃなくてもそう言うよね」
「人間ですって! 何を言ってるんですか」
正直そこはどっちでもいいんだけど、と新田は続ける。どっちでもいいとはなんだ、こっちの気持ちを考えろとサジンは言い出しかかったが、口論になるのは避けたかったので、ぐっとこらえた。
「この地区の中には、特殊なセンサーがあってね。一定以上ダンジョンの魔力があれば反応する仕組みになってる」
「そういえば、最初に魔物がいないか聞いてきましたね」
「そう。で、君がその魔物なんじゃないかと思ったんだけど、違ったみたいだ」
「最初から疑ってたんですか! 親切な人だな~と思ったのに!」
親切であったことはあったのだが、疑われたことが気に入らないようだ。しかし、ぷりぷりと怒るサジンを尻目に、新田は話す。
「調査の結果はスキル無し。まあ、おかしいよね。最低でも、この調査員さんの”スキルを見るスキル”を妨害することができるのに」
「……つまりどういうことですか?」
「生まれつきスキルがなくても、後天的にスキルを得られることがある。本人の努力次第なんだけど、だいたい生まれつきのスキルよりも弱い能力が多い」
彼はスキルについて話しているのだが、サジンはついていくのに精一杯であった。自分にスキルがないことはおかしいと言いたいらしい。
「だが、君はちょっと違う。スキルと関わるダンジョンの力──魔力を、常人よりかなり内に秘めている。ちょっと漏れてるぐらいにはね。それが生まれつきじゃないときた」
「はあ。そうなんですね」
「これは完全に俺の予想だけど……君、ダンジョンから来ただろ。何のためにここへ来た?」
これは質問ではない。尋問だ。新田の雰囲気が、重く、威圧的なものに変わった。しかし、サジンは一切怯むことなく、ただ言われたことに答えるだけだった。
「家族に会うためです。日本にいる家族を探しに来ました」
ダンジョンから来たこと自体は間違いではない。だが、サジンのもつ最大の目的は1つだけ。家族に会うこと。元の暮らしを取り戻すこと。
「……参ったな、こうすれば大抵の魔物は逃げるんだけど。ごめんね調査員さん、荒事はしないからさ」
ふとサジンが窓口の向こうに目をやると、調査員の人が汗をダラダラと流しながら俯いていた。特に悪いことをしていたわけではないが、ちょっぴり罪悪感を覚えるサジンであった。
「疑って悪かったね。これでも俺、この地区の探索者としてここを守らないといけなくてさ」
「確かにしあわせはいつ無くなるかわかりませんが……。うう、話すだけなのに疲れました」
「新しい探索者として歓迎するよ。ええと、サジン君。はい、君の探索者手帳に、探索者を証明するカード」
「ありがとうございます。これでやることを1つ終えられました」
ぺこりとお辞儀をした後、受付の人にもお辞儀をするサジン。そして、先に施設を出ようとする新田が、一枚の小さなカードを手渡してきた。
「俺は新田連。探検隊には所属してないけど、この地区で働いてる。何かあったらいつでも連絡していいよ」
彼が探索者であることを証明するカード、のコピーを渡してくれたようだ。サジンはお礼を言った後、貰ったカードのコピーを眺めてみた。文字は読めなかったが、優利たちに聞けば何か分かるかもしれない。
この時サジンは気が付かなかったようだが、そのカードにある文字が刻まれていた。ティア”1”と。
探索者のティアなどとっくに忘れていたサジンは、文字など気にせず次の目的地へと歩いていく。やることリストに書いてあることによれば、既に最優先事項である探索者としての登録を終えたことになる。この後の時間をどう過ごすかは、彼次第だった。
「ぼーっとしてると変な人に思われそうだしなぁ」
どこかで時間を潰せないか考えるが、地図の外に行ってしまうと迷ってしまって面倒なことになる。この地区内で過ごすいい場所がないか考えていると、ある1つの案が浮かんだ。
「ひたすら歩いたら時間も過ぎるはず」
シンプルな案だが、この周辺の地形を覚えておくことで、いつか役に立つ時が来るかもしれない。ましてや、探索者育成地区という名前なのだから、サジンも何度か通うことになる可能性があった。うんうんと頷いたサジンは早速散策を開始する。
ひとまず地形と頭の認識を一致させるところから始めたようで、てくてくと数分歩いては、地図とにらめっこする時間を過ごした。親切な人から何度か迷っているのか尋ねられたが、その度に、近くにある建物の名前を質問し、文字でも理解できるように努力を続ける。
まず近くにあったのが、探索者がスキルの使い方を学んだり、武具の使い方を練習するための訓練場。誰でも利用できる施設のようで、サジンも行ってみようかと思ったが、他の探索者と会話になりそうなことを考え、入るのをやめた。
ぐるりとリサーチャーセンターに戻り、来た道とは別の方向にまっすぐ向かうと、一際大きな建物が見えてきた。サジンの認識では、ああいった建物は個人の住処というよりは、何らかの偉い人物がいる城のようなもの。あながち間違いではなく、その場所こそが優利と安子の通う学校であった。
「優利の家がいくつ入るんだろう。こんなに広いと迷っちゃいそうだな」
地図には学校内のことまで記載されていなかったため、サジンはそれ以上近づくのをやめた。遠くから眺めるだけで満足したというのもあったが、それ以上に、自分と同じぐらいの年をした人と話したくなかったのだ。そう、サジンは会話が苦手である。ついでに、質問されるのも苦手である。
続いてどこに行こうかと地図を眺めていたサジン。そこに、ほんの微弱だが、ある気配がした。魔物の気配だ。
先程あらぬ疑いをかけられたばかりだが、人間以外がここにいることはめったにないと、新田連の言葉で理解していたサジン。もしかしたらダンジョンの入口が発生したのかと、気配を辿ってみることにした。
ある程度歩くと、施設の集まりからやや離れたところにある、人工的な自然が作られた場所に、気配の主がいることを分かってきた。サジンも過ごしやすく、とてもリラックスできるような、よくできた環境だった。
木々や土、季節が移り変わると咲くであろう低木のつぼみから漂う自然の匂いに、ダンジョンの面影すら感じるほど。ここでのんびり過ごすのも悪くないと考えたサジンだったが、ここに魔物がいるかもしれないとなると落ち着いていられない。
危険がないといいな、と考えながら深呼吸をするサジンに、一匹のトカゲが近づいてくる。その小さなトカゲこそ、サジンの感じた気配の元だった。