探索者の手続き
「そうか……確かに反応はここなんだけど。じゃあ、ちょっと持ち物を見せて貰ってもいいかな。僕はこういう者で」
(全然読めない! でも見せればどこか行ってくれるのかな)
男性に従わず、そのまま逃げ出すこともできたが、大人しく所持品を見せることに同意するサジン。単純に争いを避けたかったのもあったが、優利や安子より強い、確かな実力をこの人物に感じたからこそ、従う気になった。
持ち物と言っても、大したものを持ち歩いていなかった、というより、怪しい物は全く持っていなかったサジン。男性はじっとサジンを見つめるが、少しして異常が無いと悟ったのか、表情が微かに緩んだ。
「うん、何もない。ごめんね、時間取らせちゃって」
「いえいえ。あっそうだ!」
このままの流れで、一気に質問してみるのも手だと思ったのか、会話を続ける。
「この紙に書いてあることを教えてくれませんか!」
「紙? いいけど……ひらがなばっかりで読みにくいな」
男性にやることリストを差し出して、順に読み上げてもらう。内容を理解できたサジンは、丁寧にお礼を告げた。
「海外から探索者の手続きに来たの? 大変だったね」
「……はい! そんな感じです!」
サジンはまた1つ成長を見せた。頑なに自分の主張をするのではなく、その場の会話を円滑に進めるための嘘を覚えたのだ。知らない人間に自分の素性を教えると面倒な事態になると思ったサジン。それはあながち間違いでは無かった。
「文字が読めないと不便だろうし、俺も行くよ。まずセンターに行けばいいんだね」
「あ、ありがとうございます」
手続きを済ませるために、男性が同行してくれることになった。サジンが望んだ結果ではなかったが、これはこれで別にいいか、と考えたようだ。
二人で並びながら、数分ほどかけて歩いた時、優利の家よりも一回り大きい建物が見えてきた。しかし、装飾や生活感は見た目から感じられず、どこか無機質な印象を受ける。
ここがリサーチャーセンターだよ、と男性が話す。サジンもコクコクと頷いた後、中に入ろうと入り口へ向かった。自動ドアにびくりと驚かされたサジンだったが、物怖じせずに中へと進んでいく。
内部は静かだが、カタカタとキーボードを叩く音と、電話の着信音、そして従業員の声がかすかに聞こえてくる。よくある役所と変わらない光景だが、サジンにとってはとても新鮮に思えたようだ。
「あそこの窓口で受け付けてるんだけど……一緒に行こうか」
「へ? あっ、わかりました」
こういった施設を利用したり、人と話したりすることに慣れていないと見抜いたのか、男性はもう少し付き添ってくれるらしい。サジンはそれに感謝すると、並んで窓口へと向かい始める。すると、受付の人間から先に反応があった。
「新田さん!? なにかこちらに不備でも──」
「無いよ。この子が探索者として登録したいって言うから、ついてきたんだ」
そういえば名前を聞いていなかったな、とサジンは気づいた。しかし、詳しい話をする前に、男性がサジンのことを説明してくれた。文字を読むのに慣れていないこと、海外から来たこと、初めて探索者として登録すること。
その際に書類が必要になると伝えられるが、サジンはカバンから複数の紙を取り出し、どれが必要かを尋ねる。そのうち一枚を手渡すと、少しの間窓口の前で座って待つこととなった。
「新田さんというんですね。ありがとうございました」
「いいんだ。探索者は助け合ってこそだしね」
いい言葉ですね、とサジンは笑う。そうこうしているうちに、手続きの段階が進んだらしく、受付の人がやってきて、次の質問に移った。
「スキルについてご質問させていただきます。生まれつき何か特別な力があったり、他の人と比べて特に優れているという部分はありますか?」
「えっ、いえ。ああっ、ないです。ちょっと分からないです」
そんなこと言われても、というのが、サジンの本心だった。他人と比べて自分がどうなのか、参考にできることが少なすぎて、本人も理解できていない状況だった。それを聞いた相手は、質問を変える。
「でしたら、私達で調査いたしますが、いかがでしょうか?」
「頼む。実際、ちょっと気になってるんだ」
サジンが返事をしようとするが、勝手に承諾されてしまった。新しい探索者のスキルが気になるのか、はたまた別の理由があるのか。サジンも自分の能力がどんなものか気になっていたので、大人しく従うことに。もう一度受付の席に座って待つことになったが、今度はすぐに担当の人がやって来た。
どんなものかと説明を聞く。担当の人間は”スキルを見抜くスキル”を持っているらしく、それでサジンの内に潜む才を教えてくれるらしい。だが、調査がスムーズに進むことはなかった。
「うーん、初めてのパターンだ。彼の内側は何かに守られているような……」
「覗きたくても覗けないって感じがするんじゃないかな」
「もしかして、また新田さんの推薦ですか? 毎度へん──ごほん! 変わった方を連れて来られますね」
「いいや、今回は偶然だよ」
自分を除いた二人だけで会話が進む。サジンにとって何がなんやらといった状況だが、下手に質問をすると状況をややこしくすると思ったのか、じっと黙って待っていた。すると、新田と呼ばれる男性が、サジンにこう話す。
「君は無意識に内側を見られることを防いでいるんじゃないかな。もう少し心を開いてみて」
「えっ、そう言われても。頑張ってみますけど」
心を開くとは一体なんなのか。意味があるのか分からないが、サジンは心のなかで「内側を見てもいいよ」と呟いた。そうすると、担当者の顔が変わる。なんと、そうするだけで進展があったようだ。
「見えました! ……特に生まれつき持ったスキルはないですね。普通の人間です」
「ははは、まあ、そういうことにしておくか」
何かすごいことを言われるかと期待していたサジンだったが、何もなかった結果にしょんぼりした。自己申告も無し、調査の結果も無しということで、登録される情報では、スキルを持っていないことになる。
「で、ここからが本題なんだけど。この子のこと、もう少し調べてもいいかな?」
「僕の意思は!? なんで受付の人に聞くんですか!?」
サジンをもっと詳しく調べるため、新田と共にもう少しこの施設に居座ることとなった。反対しようとしたサジンだったが、受付の人がものすごく困った顔をしていたので、どうしていいか分からず、受け入れるしかできなかった。
「じゃあ質問その1。君、人間だよね?」
「そうですけど!?」
サジンまで困り果てた顔になっていく。しばらくここを離れられない予感がした。