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やることリストの開始

 いちいち学校に登校する際、車に乗せてもらって登校するというのは、どちらかというと珍しいことだ。名高い探索者の一家である九條家の一人息子、優利にとっては日常のような出来事だが、後部座席の隅っこに縮こまる少年にとって、世にも奇妙な体験だったに違いない。


「サジンくん、動かなくなっちゃった」

「乗る前はあんなに楽しそうだったのにな。乗り物酔いする体質だったのかも」


 特段気分が悪くなったわけではないが、自分を乗せた謎の機械が勝手に進んでいるというのは、サジンにとってかなり恐怖を感じる状況だったらしい。


「せめて僕が動かせたら怖くないんですが……」

「いや免許ないし。サジンの怖がるポイントは分からんな」


 十数分の車の旅は、無事学校に到着しておしまいとなった。特に事故が起きるわけでも、イベントがあったわけでもない。サジンがただただ怯えていただけで、すぐに学校へと到着した。

 怯えたサジンが真っ先に車から降りると、彼にとってまたまた驚きの光景が広がっていた。


「広い。これが……学校……」

「正確には学校は一部しかなくて、探索者のための施設が集まってるだけだぞ。まあ、滅茶苦茶に広いから気をつけてくれよ」


 優利の言った通り、正門から一望できるほどの広さではなく、街そのものであるほどの光景が広がっていた。サジンもこれほどの規模でできた都市は久しく見ていなかったようで、口がぽかんと空いてしまっている。


「俺たちは学校があるけど、その間サジンはここの施設でやって欲しいことがあるんだ。はいこれ」


 優利が差し出した道具を受け取ったサジン。小さな肩掛けカバンに、シンプルなアナログ腕時計、そして探索者育成地区の地図を手渡された。カバンの中は何枚かの書類が入っているだけで、好きなものを入れられそうだとサジンは気に入ったようだ。


「これ、本当に貰って良いんでしょうか。すごく大事なものな気がします」

「大したものじゃないし、探検隊に入ってくれたお礼だと思って受け取ってくれ。時計は分かるか?」


「分かります。針の動きで時間を計るんですよね」

「絶妙に不安になる解釈だな! 今日は午後5時には授業が終わるから、そこで合流するってことで」


 時計の短い針が6、長い針が12だぞ、と優利が念押しする。それぐらい分かります、とサジンは返すが、まだ不安に思われているようだ。


「あとこれ、俺が待っている間にやることリスト。昨日の夜書いといたんだ。文字は読めるっけ?」

「読めます! これに書いてあることをして待っていればいいんですね」


 そうして話しているうちに、遠くから鐘の音が聞こえてきた。一定の時刻になったことを知らせるチャイム。それを聞いた優利と安子は、駆け足で門の中へと入っていく。


「じゃ、俺たちは授業があるからここで! またな!」

「サジンくんも頑張ってね~!」


「はい! 二人とも気をつけて!」


 門を通り、二人が見えなくなるまで手を振るサジン。お出迎えに来たじいやも帰ってしまい、正門の前にぽつんと取り残された。

 賑やかさがなくなり少し寂しさを感じたが、まだまだやることはあるらしい。家族は優利が探してくれるとして、自分は頼まれたことをやっておこうと、やることが書かれた紙を開く。


 ”さじんへ。まずまっているあいだに、りさーちゃーせんたーにいってくれ”


 丁寧な文字に、全てひらがなで書かれた用紙。写真まで印刷されていて、どこに行けばいいかひと目で分かるだろう。その紙を見て、サジンは思った。


(あっこれ多分人間の文字だ)


 あれ? 思っていた文字と違うぞ? というのが、第一印象だった。自分はこの広い土地に一人ぼっち、読めると思っていた文字が全く違う文字だった。サジンの背筋がぞくりとする。

 優利の気遣いも虚しく、サジンが読める文字とは別だったため、どうにかしてまずこの内容を理解しなくてはならない。やることを理解するのがまずやることとなった。どうするか。


「誰かに聞いて確認しないと……やだな」


 自分が知らない人と会話をしたら、誤解が生じることは分かり切っていた。自分は常識知らずのダンジョン人間。だが、やらねばやらぬ時がある。サジンは意を決して、探索者育成地区へと足を踏み入れるのだった。


 幸いなことに、地図を見ながら移動することができたサジンは、周辺の建物と地図を照らし合わせながら、道行く人に質問をしようと考えていた。しかし平日の午前中というわけで、学生は授業を受けているし、正式な探索者はダンジョンの調査に向かっているからか、あまり人気は感じられない。

 なるべく優しそうな人に声をかけようと考え、質問をしても大丈夫そうな人物がいないか見渡すサジンだったが、いい成果は得られなかった。


 舗装された道路に、優利の庭よりも広い庭園も見える。歩く度に自然の匂いがして、都会人にとって間違いなくリラックスできる場所に違いない。サジンにとってもこういった整備された自然のある環境は居心地が良かったが、相対して顔色はどんどん悪くなっていく。


「ここがゆうりたちと別れた正門で、今は……ここか」


 ある程度歩いたサジンは、様々な施設に繋がる広場へとたどり着いた。ここから下手に動くのは危険だと思ったサジンは、都合よく座りやすそうな場所を見つけたので、そこで休憩することにした。いわゆるベンチである。

 だが、待っているだけでは優しそうな雰囲気の人と出会うことは難しい。少し休憩したらまた歩いてみようと、背伸びをするサジン。すると、一人の大人が彼に声をかけた。


「ねえ君、ちょっといいかな」

「はひぃっ!? はい! なななんでしょうか!」


 サジンは相手をベンチから見上げた。自分や優利よりも明らかに身長が高いその男性は、何かを質問したいらしい。穏やかで人の良さそうな見た目をしていたが、突然声をかけられたことに、サジンは驚きを隠せなかった。


「ちょっと聞きたいんだけど、この辺で魔物を見なかった?」

「み、見てません!」


 目を合わせずに言葉を発するサジン。信じてもらえるかはともかく、早くこの場から離れたいと願うのだが、そういうわけにもいかないらしい。

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