アード・サジン
優利の身体に鎖が到達する直前、魔力の障壁が鎖を阻む。連の障壁が優利を囲むように出現すると、源蔵は苦言を呈した。
「知らないままの方が、本人のためになると思わないのかい。新田連、私のことを嗅ぎ回っていたのは知っているが、ここで邪魔はしないでほしいね」
「優利くんは大事な隊員だから、そういうわけにはいかないかな」
混乱する優利。声を発する前に、隣に居た安子が魔力の鎖に縛られていることに気がつく。
「まあいい、君の力では守れて一人といったところだろう。カーフロックの拘束を緩めて良かったのかい?」
傷ついた怒りからか、もう一度飛翔し鳴き声をあげるカーフロック。天高く羽ばたいて、すぐにでも襲撃を仕掛けてくるかと思われたが、中々降りてこなかった。様子が変だと思ったのか、源蔵が頭上を見上げた時、巨鳥の羽ばたきが完全に止まる。
「なっ──」
驚く声をあげる間もなく、源蔵はその場を退避する。全身が灰色となったカーフロックが落下し、大きく大地を揺らして砕け散った。そして、空間の歪みから、新たな人物が現れる。
よれてボロボロになった服に、裸足の少年がゆっくりと歩いてくる。半透明の剣を構えながら、静かに源蔵を睨みつけた。
「……ここに戻るのは二度目ですね」
「馬鹿な。君の力がどれだけ強くとも、”呪い”は効力を発揮するはず」
源蔵目掛けて走っていくサジン。足止めするように鎖が現れるが、全て半透明の結晶となって消えていく。咄嗟に源蔵は力を込め、近接攻撃を防ぐべく魔力の障壁を作り出す。以前はこれだけでサジンを完封できた。驚きからか、源蔵の瞳は若干開いていたが、まだ冷静さを保っている。
サジンは空気を叩き割るように剣を振るうと、ガラスが砕けるかのように、パリンと音を立てて壁が破られる。サジンの歩みが止まることはない。
「これが”無限の魔力”だというのかっ」
源蔵は瞬時にその場を飛び退くと、狼狽えるようにして周囲を見渡した。サジンは追いかける前に、叫ぶようにして声をあげる。
「全てを話してください! 九条源蔵! ゆうりはきっと何も知らないんでしょう! あなたが何をしたのか! 何を考えているのか!」
「理解する気もない相手に何を話せというんだい……ぐっ」
サジンはちらりと優利の方へ顔を向けた。座ったまま動く様子のない優利を見て、サジンは拳を強く握りしめる。何が正解なのか、どうしたらいいのかは、考え続けるしかなかった。それでもサジンは走り出す。
「目の前に私の欲する物があるというのに、求めないわけがないだろう……!」
意を決したのか、源蔵も迎え撃つかのようにして立ち上がる。一切のためらいもなく、サジンへ向けて手を伸ばした。
「獲ったっ」
サジンの胸へ手を当てた源蔵は、魔力を自分の物とすべく血眼になって力を吸い取っていく。
「す……凄まじい力が流れ込んでくる。この魔力さえあれば……!」
サジンは静かに武器を捨てる。カランと音を立てて落ちた剣は、さらさらと光となって消えていく。そして、胸に当てられた源蔵の手を優しく掴んだ。うつむきながら、涙を流すサジン。
「僕にはどうしていいかわかりません。ただ──それがわかる日まで、時間が過ぎるのを待っています」
サジンの魔力を吸収し続ける源蔵。その手は人間の色ではなくなっていく。異常に気がついたのか手を胸から離そうとするが、サジンはそれを許さなかった。
圧倒的な力を手にしたと源蔵は感じていたのかもしれないが、実際のところ、サジンが石化の力を直接送り付けていただけだった。源蔵の魔力を持ってしても、直接手を握られた状態での石化を防ぐことができず、全身が固く灰色になっていく。
源蔵を完全に石にして、サジンはしばらくその場に立ち尽くした。これで良かったのか、他に何かいい方法はあったのか。それがもしあったとしても、今のサジンが考えうる最善の方法は、これだけだったのだ。
目の前で父親を石像にされた優利はどう思うだろうか、危険な行いや思想を持っていたことを、どう証明すればいいのだろうか。ここに立っているだけではダメだと思ったサジンは、優利たちの元へ歩いていった。
「えっと、その。伝えないといけないこと、話したいことが、たくさんあるんです。特に、ゆうりにとって、辛い話になるかもしれませんが」
「……いいよ。ごめん、よくないかも。でも俺、知りたいんだ。どうしてこうなったのか」
こくりと頷いたサジンは、そのまま話を続ける。
「まずは、安全を確保しましょう。カーフロックは破壊しておきますし、移動のせいで歪んだ空間も戻しておきます。報告は新田さんに任せますね」
「そうだね、俺も色々聞かせてもらおうかな」
サジンは言葉にした通りの行動をとると、優利は屋敷に戻って話をしようと提案する。石になった源蔵を屋根の下に移したサジンは、屋敷に入っていく優利たちについていくのだった。
屋敷の中、客室に集まった全員。まずはサジンが、源蔵と会った時に何があったのかを伝えた。自分の過去と大きく関わっていたこと、これまでも幾多の被害者がいたことに、自分の持つ力を奪おうとしたこと。優利は何を言うわけでもなく、じっと黙って聞いていた。サジンの言葉に対して反応したのは、意外にも連だった。
「”囚人の呪い”について知る前から、源蔵さんには何かあると個人的に調べてたんだけど、まさかそんなことがあったなんてね。これまで行方不明になった人も、調査すれば、源蔵さんとの繋がりが出てくるかもしれない」
「はい。もし仮にゆうりのスキルを使っていつでもダンジョンから呼び戻せるようにしていたなら、何かしら繋がりがあるものがどこかに隠されているはずです。衣服あたりでしょうけど」
「はあ、これは大変な仕事になりそうだ。できるだけ大人が仕事を背負いたかったけど、被害者のサジン君や、息子の優利君は少しばかり忙しくなるかもしれない。ごめんね」
サジンと優利は、反応に困りつつ、大丈夫です、と返事をした。そして、サジンはもう一度ダンジョンに閉じ込められたこと、石の国であったことを伝える。改めて手に入れた力の大きさを感じたサジンであった。




