探検隊の勝利
まず飛び出たのは魔物の方だった。個体ごとの足の速さに差があったようで、完全なチームワークを見せることはなく、各々の実力で相手を倒す算段のようだ。
対して向かう安子。大きく息を吸い込んだ後に、すっと低い姿勢を取る。短めのナイフを逆手に持ち、最初の一頭を目標に定める。
「むぅっ……」
飛びかかるゴブリンの攻撃を綺麗に避けたと思えば、安子のナイフが魔物の胴体を浅く切り裂いた。深く刺さったわけではないが、かなりのダメージを与えたことは、痛みを感じるゴブリンの叫びからわかる。
安子は耳をつんざくような叫びにも動じず、もう一手の追撃を加えた。致命的な一撃。ぐったりしたゴブリンは、光となって消えていく。
サジンはこの一連の流れに、明らかな”技術”を感じた。自分が獲物を振るうのと明らかに違う、ある意味美しい身体の動き。これが、学校が教える授業とやらの力なのかと、心の中で関心した。
しかし、サジンが驚いたのはこの時だけではなかった。同胞が襲われたのを目撃したゴブリンは安子に怒りを向け、二体目が乱雑に棍棒を振り回しながら向かってくる。ナイフより棍棒の方が長いため、少々厄介な状況だ。
「優利! 怪我したらお願いね!」
安子がそう伝えた直後、安子が居た場所に土煙があがる。サジンは必死に安子の様子を目で追った。一時的に身体能力を強化しているというのは目に見えて分るが、その姿勢を見て、サジンが再び驚いたのだ。
棍棒を避けつつ足首を明確に狙った、超低空の飛び込み。地面とスレスレに、一瞬滑空しているかのようにすら見えたその姿は、サジンの脳内にある戦いの世界を広げるものだった。
安子のナイフは見事に足首を捉え、受け身を取った彼女の追撃が魔物の背後を襲う。あそこからまだ攻撃ができるのかと、サジンはさらに目を輝かせる。
「安子! 無茶するな──」
「すごい! すごいですよあこ! お見事です! とてもすごいです!」
「え~、そうかなぁ~? えへへぇ、照れるなぁ~」
優利の注意を遮るように、サジンの歓声が洞窟に響く。これで倒したゴブリンは二体。
「残り四匹だ! こっちに引き付けていい! サジンも居る!」
優利の声が響き渡り、笑顔の安子の表情が再び引き締まる。だが、緊張に固まった顔ではなく、ある程度自分のペースを保てている顔に変わっていた。討伐した手応えが、安子の自信に繋がったのだろう。
そして、サジンにとって重要な情報がもう1つあった。それは、自分が戦力に加わっているということ。彼女を鼓舞する何気ない言葉だったが、サジンもあまり抱いたことのない喜びを感じていた。これが頼られる感覚なのかと。
「サジン、四匹が合流すると安子でも分が悪い。援護してくれ、できるか?」
「大丈夫、ですっ!」
声を聞いたサジンが一気に飛び出す。消滅したゴブリンが残した棍棒を拾い、安子へと集中する群れへ割って入る。身体を強化した彼女と負けず劣らずの速度に、その場にいた全員が一目置くことになる。
その隙を見逃さず、思い切り棍棒を振り抜くサジン。ぶおんと空気を切る音と共に、一体のゴブリンが吹き飛び、また一体にぶつかっていく。
安子も負けずに二体を相手取り、器用に棍棒を躱しながらも斬撃を命中させていく。単純な力ではサジンが上回っているかもしれないが、強化した身体による速度と武器を扱う技術においては、安子の方が上手であった。
「いや……サジンも大概だ」
優利がぼそりと呟く。そう、サジンは安子を見ながら戦っていた。興味が魔物より安子が行う戦闘の方に移っていたのもあるが、ある意味模範的な技量を持つ安子に対して、底しれない何かをサジンは持っている。少し離れて様子を伺っていた優利には、それが良く分かった。
その後というものの、数が互角になってから、あっという間に決着がついてしまった。警戒しすぎなぐらいがちょうどいいと優利は話し、それに二人共同意した。
「ダンジョンが消える気配は無いか。別に居るのかも」
「そもそもですが、強い魔物の気配がありません。もしかしたら、主は生き物じゃないかもしれませんね」
そう言ったサジンは、先程ゴブリンが集まっていた焚き火に目をつけ、土を被せ始めた。なぜわざわざ火を消すのかと二人が疑問に思う前に、答えが現れたようだ。
「空間が崩れてる……まさか!」
「優利! 急いで棍棒集めないと成果がなくなっちゃうよ!」
せかせかとゴブリンの落とした棍棒を集める二人に釣られ、サジンも何本か地面に落ちている棍棒を抱える。そう、これも一応”ダンジョンの武器”なので、魔物に通用する力を持っている物質なのだ。
無事に全ての棍棒を抱えたところで、三人全員の身体がほろほろと光になって消えていく。感覚はあるのに実体が無い不思議な状態を味わったサジンは、これがいつ終わるのか不安に思った。しかし、それも杞憂な心配だったようだ。
いつの間にか、サジンたちはダンジョンに入る前の庭に戻っていた。ダンジョンの入口も消え、何もない平和な庭園になっている。無事に帰ってきたことを確認していると、優利が疑問に感じたことを尋ねた。
「なあサジン、なんであの焚き火がダンジョンの主だって分かったんだ?」
「生まれたばかりのダンジョンは狭く不安定で、生き物が中心となって生まれていない場合があるんです」
「……それは誰かに教わったのか? 自分で考えたのか?」
「もちろん教えてもらいましたよ。言葉も、ダンジョンのことも」
僕には色んな先生がいるんですよ、とサジンは話す。
「僕に物事を教えてくれる生き物はみんな、僕のことを”サジン”と呼ぶんです。だから、僕はサジンなんですよ」
「そうか。また昔の話とか、先生のこととか、色々聞かせてくれよ」
はい! と元気よく返事をするサジン。これにて始めてのダンジョン攻略は幕を閉じた。誰一人欠けることなく、無事に目標を達成することができたのだ。
太陽が真上に昇っておらず、時刻はまだ昼前だと言い張れる時間であったため、時間を確認した安子が二人を呼び寄せる。
「はいはい! 攻略完了の指紋認証だよ! 学校にも行かないとね!」
「授業以外じゃ久々だな。さーて、準備したらじいやに車を出してもらうか!」
画面に指を触れるだけで学生の二人が喜ぶので、釣られてサジンも笑顔になった。二人は学校とやらに行くらしいが、自分は何をすればいいのだろうか。そんなことをサジンは考えていたが、優利の一言で行き先が来まる。
「じゃ、サジンも行くぞ。学校」
「えっ」
今日一番の気の抜けた声であった。