傷だらけの巨鳥
姿勢を戻すまでの間、サジンはちらりと女王の様子を確認した。戦闘が続いているものと予想していたサジンだったが、どうにも膠着しているようで、女王は心身ともに少しの余裕がありそうだ。
傷ついたカーフロックは、どこか苦しんでいるような様子で暴れている。目標はサジンではなく、ただ空中で動き回っているだけ。不気味に思ったサジンは、一度女王と合流し、様子を見ることにした。
「撤退する様子はないようじゃが、攻撃の手は緩んでおるようじゃの」
「攻撃が効いているとしても、錯乱させる効果はないはずです。ここは一気に決めるべきでしょうか」
羽ばたきは勢いを増し、風圧が地上を襲う。攻めるべきか考えている場合ではなくなったと感じたサジンは、翼に傷を負わせ風を弱める作戦に出る。
立っているのもやっとな状況だが、自分が立たなくとも攻める手段はある。女王の真似をして、魔力の結晶を無数の針のように作り、翼に向けて発射する。石よりもさらに硬度と鋭さを増しているからか、いくつかの針が翼に突き刺さった。
どうにか風圧は弱まったが、痛みから発される叫び声の大きさは凄まじく、耳を塞がなければ耐えられないほどだった。距離をとるべきか迷っているサジンだったが、傷だらけのカーフロックから、何かが現れた。
「もう限界なのか……!? こんな人間のガキ一人に!? 石の女王さえ殺せばいいんじゃなかったのか!?」
「デーモン……? 取り憑いていたのが剥がれたのか」
「クソッ、こんなはずじゃ!」
サジンが手を出そうとするが、デーモンは既に石化していた。カーフロックより力が弱く、女王の石化に耐えることができなかったようだ。
「サジン、もう片方は恐らく逃げると見たぞ。ほれ、襲ってこなくなった」
「ど、どうしますか!? 追ってもどこに着くかわからないし、手負いのカーフロックが残ってますし」
「”石の国を守る”という目的は達成したようなもの。サジンは奴を追え! 悪魔の国に逃げ帰るつもりかもしれん。こやつはわしが始末しておく」
「……はい! 行ってきます!」
空中へ飛び去るカーフロック目掛け、空間を歪める。足に力を込め思い切り飛び上がると、サジンは逃げるカーフロックの胴体に瞬間移動した。暴れる巨鳥の身体から離れないよう必死にしがみつき、追撃を加えようとしたその時。
サジンを含めた周囲の空間が歪み、今度はカーフロックがどこかへ移動しようとしているようだった。確かにこうやって別の世界から石の国にやってきたなと思い出すサジンだったが、どこに向かっているか分からない以上、しがみつくことしかできない。空気が変わるのを感じつつ、せめて人間の世界に近いであろう、悪魔の国に戻ることを祈る。
諦めない決意を固めるサジン。そして、逃げたカーフロックが空中から姿を消すのを確認した石の女王は、剣を突き立てながら最後の一撃を放つべく立ち向かっていくのだった。
──────
授業を終えた優利と安子は、いつも通り迎えに来た使用人と合流する。本来であれば安子と別れ、優利は車に乗って屋敷に帰るのだが、今日はじいやの表情がどこか変だと感じた優利は、なんとなく何があったか尋ねてみた。
「じいや、何かあったのか? そういえばサジンはもう帰ってるのかな」
「……その件について、お話したいことがございます。お時間がよろしければ安子様も一緒に、屋敷に向かってくださいませんか」
「わかった。じいやさんのお願いだしね」
安子と優利を乗せたじいやは、そのまま屋敷に向けて車を出した。重い表情のまま、じいやが話を切り出した。
「使用人としてこのような考えはいけないとわかっておりますが、ご主人様は大きな秘密を隠しておられるようでございます」
「そりゃあ父さんはすごい探索者だし、秘密の1つや2つぐらいあるんじゃないか?」
「和泉翔様の行方がしれなくなったことに、ご主人様が関わっているのではないかと」
「サジンの? どういうことなんだ?」
じいやは車を走らせながら、サジンを車に乗せた後に起こったことを話した。源蔵の家に送った後、帰りを待つ前にその場を離れたこと、サジンが帰った知らせがないことを伝えた。
確固たる証拠はないものの、このままサジンが帰ってこなかった場合、最後に足を運んだのは源蔵の家になる。何か関わりがあることは確かだろう。
「そうは言っても、10年前に何があったかは分からないしなぁ。単に長話してるだけかもしれないし」
「うんうん。じいやさんの心配もわからなくはないけど、絶対にそう! とは言えないよねぇ」
じいやはまだ何か話したそうに口ごもるが、そこで会話をやめた。
「確かに、考え過ぎただけかもしれませんね。ふう、わたくしも休暇をいただくべきでしょうか」
「たまにはいいと思うけどな。俺、じいやが休んでるところ見たことないし」
「私も私も。ずっと元気だよね」
話題が他愛もないものへと移り変わる。車はそのまま屋敷へと進み、到着した後は安子をそのまま送ろうという話になった。特に変わりのない下校の時間が終わりそうになった時。聞いたこともないような大きさの、鳥のような鳴き声が響いた。
車の窓ガラスが震えるほどの衝撃。異常事態が起きたことは誰もが察した。優利たちは嫌な予感を抱きつつ、まっすぐに屋敷へと向かう。鳴き声の方向に進んでいるような気がした優利は、鼓動が早くなっていくのを感じていた。
「なあ、今のって」
「魔物、かな」
道路に見える車たちは、何事もなかったかのように動いている。道を逸れ、屋敷に近づいていくにつれて、車内でもわずかに揺れのようなものを感じられた。屋敷の屋根が見えるぐらいの距離になって、ようやくその影を目視できた。
「大きな……鳥なのか? かなり怪我をしてるみたいだ」
「優利、嫌な予感がする。あの目、なんだかギラギラしてるし、良い生き物には見えないよ」
安子が屋敷ほどの大きさの鳥を見た、率直な感想を告げた。翼はボロボロで、ひび割れたくちばしに、両爪はほぼ形を成していない。まるで何かから逃げてきたかのような状況だったが、その眼光は敵意をむき出しにしている。
車から降りた優利と安子は、巨鳥が屋敷の近くでうごめいていることを確認すると、すぐさま地区に連絡しようと電話をかける。その直後、再び相手が甲高い鳴き声をあげ、翼を使って空に舞い戻ろうとした。
「ううっ、耳を塞がなかったら鼓膜が破れるぞ。鳴き止んだらすぐ連絡しないと──!」
しかし、巨鳥は一向に鳴き止む気配はなく、喉を潰してでも叫び続けているようだった。スマホを持っていられない優利と安子は連絡ができず、耳を塞ぐことしかできない。どうにか耐える優利たちだったが、叫び声の効果なのか、巨鳥の周囲の空間が歪んでいくのが見えて、二人の表情が変わる。
ようやく叫び終わったと思われた時、空間の歪みから現れた大量の魔物が、優利たちに向けて襲いかかるのだった。




