次の段階へ
サジンの脳裏に、昔カーフロックと戦った記憶がよぎるが、過去とは状況が違いすぎると真っ先に感じた。過去に見た姿とは一回りほど大きく、そして何より恐ろしいところは──
「サジン! もう片方が来るぞ!」
「ぐううっ!」
床が揺れ動き立っていられなくなる中、視線を上に向けて何が起きたかを見定める。そう、恐らく番の個体が襲撃してきたに違いない。相手はなんと、二匹もいるのだ。
一々サジンに指示していられないためか、既に女王の姿は城内になく、空中に浮かび抵抗を試みているようだった。当然サジンは人間であるため空を飛べないし、女王に協力できそうにない。
記憶の中では、カーフロックは遠くからの攻撃手段を持たず、爪や翼などで戦うはず。現に、城へ襲撃を仕掛けた際も、爪を使った突進によるものだった。一方的に空から攻撃できるわけではないので、どうしても地上の攻撃対象と近づく必要がある。
(以前は自分の限界まで魔力を増やして相打ちだったけど……)
今回は無理だ、とサジンは思った。最優先の目的が人間の世界に帰るというのに、ここで力尽きては意味がない。そして根本的な問題として、全力を出したところで勝てる確信などなかった。右手で頭を抱えたサジンは、自分に何ができるのかを洗い出した。ここで足手まといになるわけにはいかない。どうにかして、次の段階へと強さを進めなければならない。
カーフロックの行動基準は謎に包まれているが、基本的に何かを破壊することを優先している可能性が高く、襲来と共に城を攻撃したのも、原始的な本能によるものだとサジンは考えていた。だが、そもそもとしてデーモンたちが手引きをしなければ石の国へ来なかったとすると、行動に別の魔物が関与していることも考えられる。
揺れ動く城からどうにかして脱出すべく、崩れた玉座の間の壁をよじ登り、軽々と瓦礫を駆け上がっていくサジン。できるだけ高いところにいこうと考えていたが、状況を把握するにはこれが正解だった。
「城下町はなんの被害もないみたいだ。となると、やっぱり狙いは女王なのかな」
戦闘は空中戦から近くの森へと移ったようで、女王は空中から迫るカーフロックを地上で凌ぐつもりのようだ。町に被害がないのは、女王さえどうにかすればこの国は陥落すると考えられているためだろう。実際、女王を名乗るだけあって、戦闘力やカリスマ性は他の魔物とは一線を画す。
「いつまで耐えられるかわからないな」
巨大な魔物を二体同時に相手取っているが、戦いは一方的なものに見えた。サジンは外壁を滑り落ちるように下ると、加勢するべく全速力で走っていく。このまま走れば数分で到着するだろう。だが、サジンの脳内で、バチンと弾けるようなアイデアが沸き起こった。本当にただ走るだけでいいのだろうか。次の段階への一歩が、あと少しで踏み出せそうな気がしていた。
強い魔力はダンジョンに影響を与え、世界を移動するほどの力を発揮する。カーフロックが石の国へ”突然”現れたのも、女王が人間の世界へやってきたことも、共通点として特殊な移動手段を用いている。
走って数分もかかるかどうかの距離。ダンジョンの中だけの移動なら、呪いの影響も受けることはないだろう。誰かにやり方を学んだわけではないが、想像力を掻き立て、イメージ通りに身体が動くことを祈る。
まず大前提として魔力の増幅。サジンは自分の身体が持てる限界まで魔力を高め、”イメージ”しやすいように、右手を前に出す。サジンは空間と空間の移動を、間に穴を開けてくぐるように想像した。ここで魔力を一気に使う。世界を歪ませるように、湧き上がった力を放出させる。そして使った魔力は、再び増幅させもう一度使う。
この一連の動きを極限まで高速で行うことにより、擬似的に無限の魔力を再現する。今回の魔力の使い道は「空間の移動」であり、前例があるため成功する想像がしやすかった。
目論見通り、目の前の空間が歪む。この瞬間を逃してはならないと、サジンは勢いよく歪みに飛び込んだ。身体が歪みに包み込まれ、ダンジョンに影響を与えることに成功したことがわかる。だが、想定外の出来事が2つも起こっていた。
「うわあっ! 飛びすぎたか!?」
サジンの体内と放出した魔力は凄まじい力を生み出したが、単純に身体能力が強力になりすぎた。自分の経験にないほどの力で踏み込んだ結果、流れ星のように宙を舞うこととなる。
「サジン!? おぬし何をした!?」
そう、サジンはカーフロックと女王の元へ瞬時に移動することに成功した。だが、コントロールのきかない速度で空中を移動しているため、いずれ地面に激突してしまう。それまでの数秒で、今度は移動の微調整をしなければならない。
現在の位置はカーフロックより少し上、かなりの高度であるからか、空気の味も少し違ったような気がした。大きく息を吸い込んで、次の移動に備える。明後日の方向へ吹き飛んでいく身体を、奴の巨大な背中へと繋ぐのだ。
「上手く行ってくれっ!」
増やす、使う、増やすのループを、空中でもう一度行う。あとわずかな時間で木々がサジンに突き刺さるところだったが、身体は再び位置を変える。
”移動”を行った後、自分がどうなっているのか、どんな状況にたどり着いたのかを判断するために、時間を要する必要がある。だが、今のサジンは時間がゆっくりに感じられるほど、感覚が研ぎ澄まされていた。サジンの両手はカーフロックの背中を鷲掴みにし、空中でしがみついている。
どうにか相手に攻撃ができる場所まで移動できたが、背中に違和感を覚えたカーフロックは当然抵抗する。異変に気がついた女王、そしてもう一体の巨鳥の視線が、サジンへと集まった。
もう片割れからの攻撃を防ぐ手立てがないため、このまましがみつき続けるのは得策ではないだろう。背に飛び乗るチャンスは何度でもあると割り切ったサジンは、一撃離脱を試みる。
「サジン! 早く離れよ!」
女王の声が耳に届き、新しいことを考えている場合ではないと察する。背中から飛び降りつつ、石の剣で翼を斬りつけるが、傷付いた様子はない。本当に生き物か疑わしくなるような硬さに、サジンは驚きを隠せなかった。
落下していくサジンを女王が抱え、一度地上へと戻っていく。二匹の巨鳥はまだサジンを脅威だと認識していないようだ。しかし、威嚇するような鳴き声は、わずかな苛立ちを感じさせるものであった。




