次の強さを求めて
サジンは石の城にある客室へ案内され、少しの間休憩をとっていた。一度倒れてからしばらく時間が経っているうえ、常に薄暗い石の国では時間の感覚が人間の世界とは異なっている。具体的な時刻は時計に頼る必要があるが、今が何時であろうと、ひとまず身体を休めておくことに決めていた。
ガーゴイルたちは石のように固まって眠るためか、客室に布団やベッドといった寝具は存在しない。床に横たわりながら、サジンは今後どうするかを考える。
サジンは増幅というスキルを、身に余る力ではあるな、と感じることは多々あった。根本として、ダンジョンに満ちる魔力という概念が、サジンの強さと大きく関連している。複雑ではあるが、魔力が多ければ強い、という分かりやすい順序は存在する。
今のサジンは自分の魔力を”増やす”ことができるものの、増えた魔力に身体が耐えきれず、実質的な上限が決まっている。増えすぎた魔力をうまく発散させるため、周囲を石化させる等の対策をとってきたサジンだったが、もっと大きく発想を変える必要がありそうだ。
(本当に”無限の魔力”が存在するなら、僕はもう既に武器を持っていることになる)
源蔵はサジンのスキル、あるいは魔力を求めている。自分には求められるだけの何かがあることは間違いない。サジンは、これまで増えた魔力を石化させたり身体能力の強化に使っていた。それだけでは不十分となるなら、階段を上っていくように、次の段階へ進まなければならない。
「勝って生き残らなくちゃ。家に帰るために。みんなと暮らしていくために」
休む間も惜しいと思ったサジンは起き上がり、客室を出た。物珍しさで集まる視線を無視しつつ、玉座の間の方面へと向かう。女王に手助けを求めて、早歩きで進んでいく。
客室に向かった後、少しして戻ってきたサジンに驚いた女王は、その眼差しから心情を察したのか、頬杖をつきながら語りかける。
「言っておくが、あまり時間はないぞ。わしも色々と備えなければならんことがあるからの。何が聞きたい?」
「山程ありますよ。無限の魔力という概念、カーフロックの対策、元の世界に戻る方法とか。でも、今一番大事なのは……」
「とっとと言わんか。大事なのはなんじゃ?」
「もっと強くなるにはどうしたらいいか、です」
女王は予想していたようだが、サジンが真剣にその思いを尋ねてきたことに、若干の驚きを見せていた。
「変わったな」
「……良い意味ですか、悪い意味ですか」
「そりゃ知らん。まあ、ガーゴイルの戯れで鍛えさせられていた子供が、自分から強くなりたいなどと言い出すとは、成長を感じられて……なんじゃその目は。よいか? そもそもこの魔物の世界で生き抜くには強さが──」
「あの、手短にお願いします、女王」
「ふん。長くなるような話題を振っておいてつべこべ言うでない」
もう少し真剣に話すべきだと考えたのか、女王は姿勢を前かがみにしてサジンに話しかける。
「薄々分かっているかもしれんが、強くなるための基盤は既にあると考えておる。増えた魔力をどう使うか、そこが重要じゃな。石化以外に何かしらやれることがあればいいものの、わしに良さげな案はないぞ」
「それについては大丈夫です。一応、やってみたいことがあるんです。言葉にするのは難しいですが」
「そうかそうか。どんなものか喋ってみよ」
「難しいって言ったばかりじゃないですか。……僕が見てきた中で、”強い魔力はダンジョンに影響を与える”ことが気になっています。それをうまく使えるなら、新しいことができるような気がして」
サジンは過去にあったことを簡単に説明する。女王が人間の世界にやってきたのも、強大な力があってのこと。源蔵の被害にあった人々の呪いが、ダンジョンを形成したことも記憶に残っている。理屈や理論でどうこうできるようなことではないが、”世界”に影響を与えることで、新しい戦い方を身に着けようとしていたのだ。
「ダンジョンから人間の世界に向かったことはあるが、呪いを超えるほどのことはわしにできん。おぬしはある意味力押しで解決しようとしておるわけか」
「そんな感じです。まあ、できるかは不安ですけど」
絶対に勝てるアイデアなどなく、必ずしも状況が好転するかは不明。時間もかけられず緊張感が残る中、サジンは曖昧な戦術に頼ることしかできなかった。女王の目の前であるため冷静であろうと思ってはいるものの、内心では無力感に苛立ちを覚えているのか、眉間にしわをよせるサジンであった。
これ以上の進展は望めないと考えたのか、サジンは玉座の間を後にしようと女王に背を向けた。客室まで戻ろうと足を踏み出したとき、くらりと身体がふらついた。疲労によるものかと思ったサジンだったが、どうにも様子がおかしい気がしてならなかった。
「女王、外の様子を見たいんですが」
「ふむ。わしも同じことを考えておった」
感情より身体が先に動いていた。正門より裏口が近いと分かっていたので、駆け足で向かおうとする。女王も玉座を立ち、サジンの後を追うように進む。しかし部屋を出る直前で、時が止まったかのような衝撃が走る。
凄まじい轟音だった。玉座があった部屋が跡形もなく粉砕され、耳が潰れるほどの音圧と、大量の瓦礫がサジンたちに降り注ぐ。備えや心構えができていたわけではないが、サジンはその瞬間を、非常にゆっくりと目に焼き付けることとなった。
一瞬見えたそれは、鳥の爪のような何か。生き物の部位とは思えないほど鋭く、壁を突き破って現れた後、通り過ぎるようにそのまま天井を砕いていった。
声を出す時間もないが、まずは瓦礫に対しての防御を考えなくてはならない。そう思っていたサジンだったが、女王は砕けた城をさらに粉々にし、砂のように変化させる。
自分の身が安全になったとサジンは感じ、玉座の間から離れるのではなく、そのまま砕けた天井から空を見上げる。耳をつんざくような鳴き声と共に、巨大な魔物が空を舞っているのが見えた。
ぎろりと地上を見下ろす瞳は、どこか血走っているように感じられた。思わずすくんでしまうような迫力だが、恐怖を抱くような余裕もなく、ただただ衝撃に打ちひしがれるしかなかった。
「い……今からなのか」
口に出た感想は、それだけだった。巨鳥カーフロックとの戦いは、城が崩れ行く音と共に始まる。




