昔のように
破られた扉を尻目に、迫る鎖を警戒する。源蔵は力を貰うことを暗喩していたが、この鎖を経由しなければいけない理由があるのか。もはや客人としてではなく、戦闘をすることを前提とした考えとなる。
手っ取り早いのは石化させてしまうことだと判断し、力を込めて手をかざすサジンだったが、床を這うように石化が進んでも、源蔵の周囲だけ全く石にならない。
「根本的に力が足りないことがお分かりかな。最も、ガーゴイルの女王ですら石化を防がれているのだから、人間では魔力不足だろう」
サジンは何かしらの手段で防がれていることを察した。過去にも女王と連が対峙したことがあったが、女王の石化を防いでいたことを思い出す。物理的な攻撃でしか通用しないのかと、石の長柄を作り出した。
「ここで戦うつもりかい」
「逃げることができないなら、やるしかないですよ」
万が一命を奪ってしまわないように刃物を作り出しはしなかったが、仮に本気で挑んだところで敵うかはわからない。近づくことも危険だと感じたサジンは、思い切り石の棒を投擲した。
が、鎖によってそれは阻まれる。恐らく捕まってしまえば一巻の終わりだろうが、抵抗する手段がないことに参ってしまっていた。相手は連と同じか、それ以上の実力者かもしれない。
「私は戦いたいわけじゃないのだが」
「僕だって……!」
四方八方から鎖が飛んでくる。屋内というのも気にせず、めちゃくちゃに動き回って避けているつもりでいたサジンだったが、鎖の本数や長さに限界がないことを感じ、脱出できなければ危険だと考えた。しかし、どうにか考える時間もなく、足首を拘束されてしまう。
「ぐうっ」
転んでしまったサジンの手首に鎖が巻き付き、胴体もがんじがらめにされてしまった。力ではどうしようもないかとよぎったが、まだ自分の本当の力を出し切っていないことに気がつく。
(どうなっても、ここを切り抜けないと)
自身の魔力を一気に増幅させ、鎖全てを石化させる。腕力で思い切り打ち砕いた後、振り向きざまに源蔵本人を狙って飛びかかる。手には長柄ではなく剣が握られていた。
完全に傷を負わせる覚悟を決めたサジン。それでも、刃が身体に届くことはなく、片手で刀身を掴まれてしまう。
「たくさんの魔力のおかげで身体が強化されていてね。これまで”協力”してくれた人々の力全てが私の糧になっている」
「あくどい魔物と変わらないじゃないですか、そんなの」
「魔物か。ガーゴイルの力や精霊の加護を受けた君もあながち同じようなものだと思うが」
「そういうことじゃないんですよ!」
すぐさま柄を手放し腹部目掛けて蹴りを放つが、鉄板でも挟まっているかのようにびくともしない。足首を掴まれるが、サジンは床に手をつき足を振り回して投げ飛ばそうと画策する。けれども、全く源蔵が動く気配はなかった。
「力の格が違う……!」
「伊達に長年探索者をやってきたわけではないのでね。暴れないでくれると助かる」
サジンは自分の中にある何かが吸い取られていくのを感じ取っていた。それが魔力なのか、もっと根本的な力なのかは分からなかったが、これ以上触れられることは危険だとすぐに確信できた。振り払おうと全身の力を増幅させた時、地面が揺れ始める。
「魔力に反応して地形が歪み始めたか。この部屋も長くは持たないな」
自分に残る力を吸い切らせないように、ひたすら魔力を増幅させ続け、がむしゃらに身体を揺らす。凄まじい力に反応してか、家具だったものはめちゃくちゃになり、ドアも形を保っていない。地下室が本当の姿を表そうとしていた。
直接触れられた今なら通用するかと、源蔵の腕を石化させるべくありったけの力を込める。増幅したサジンの力に反応するかのように、人工物が歪んでいく。苦し紛れの抵抗が、空間に大きな影響を与えていた。
(奪われる。僕の中にある根本的な何かが、取られてしまう)
一刻も早く触れられている状況を抜け出さなければ、この危機を乗り越えることはできない。サジンは決死の覚悟を決め、行動に移す。
「……そこまでして、力を奪われたくないのか」
「ええ。この手に入れた力も、僕の一部ですから」
「普通の人間として生きていけばいいじゃないか。何も死ぬわけじゃない」
「自分じゃない誰かに生き方を変えられるなんて、二度と経験したくないとわかりませんか!」
叫ぶサジン。彼の右足の脛から下は、石化していた。自らの身体を石化させ砕くことにより、拘束から逃れたのだ。この場がダンジョンであることを確信してから、とある行動を起こすことを決めている。
「あなたも探索者なら知っているでしょう。ダンジョンの不思議なルールを。ダンジョンの中で死ぬと、生き返って外に放り出されるんですよね」
「囚人の呪いがかかった君にそのルールは適応されない。この場で自死したところで、私は”次”を探すだけだ」
「確かにゆうりの助けがなければ二度とこの世界に帰って来れないかもしれません。ですが……必ず戻ってきますよ」
「私がわざわざダンジョンの上に拠点を作ったのは、呪いをかけた”失敗作”を楽に処理できるからだ。何年かけて戻って来ようと、君の代わりを探し出し、私の理想を叶えてみせよう」
源蔵の力は圧倒的だ。サジンが全力を出したところで、増幅した魔力に身体がついてこれないだろう。今のままでは勝てない。かといって、ダンジョンに閉じ込められた今、逃げることもできない。その場に居座れば、力を奪われた上にダンジョンへ放流されることは間違いない。
サジンは、源蔵の元へ向かう時から、心のどこかでこうなることを覚悟していたのかもしれない。しかし、一度戻ってくることができたのだから、いつかは帰ってくることができる。そう信じていた。
自らの膝から腹を石化し、ふらふらと倒れ込む前に自分の身体をバラバラに砕く。完全に石化していたため、痛みはなかった。
胴体、首、そして頭と石化が進む。悲しみも怒りも表情に表すことなく、ごとりと音を立てて石の塊が床に転がった。
「これが向こうで得た知識か。その覚悟がどこからやってくるのか、教わるべきだったかな。……”仕事”に戻るとしよう」
荒れ果て、所々土壁や岩肌が露出した部屋に立っていたのは、源蔵一人だけとなった。輝く粒子となって消えていった石像を見ることなく、彼は部屋を後にするのだった。




