考えの違い
「私という命が存在し続ける限り、あらゆる脅威を排除する力。それを使って、この世界を守っていきたいのだ」
「すごく壮大ですし、なんだか英雄みたいなお話ですね」
「英雄か。それほど大したものではないよ。極端なことを言うが、脅威がなくならなくとも構わない。大事なのは、世界を守れる力があることだ」
「確かにダンジョンの魔物すべてから人々を守るのは難しいですからね。僕も力は大事だと思います」
「これだけは伝えておきたかったんだ。私がどんな考えを持っているかをね」
そう言った源蔵は、サジンへ話したいことを言ってくれと伝えた。そういえば自分が聞きたいことがあるのだったと思い出したサジンは、思い当たる限りの疑問を解消するため、質問をした。
「サジンについて聞きたいんです。ダンジョンに閉じ込められた、出られなくなった人間……それらが遺した魔力と戦いました。源蔵さんなら、何か知っているかなと思って」
「呪いがかけられた人々のことか。人間の中には、運悪くそういった出来事に遭う人もいるものだ」
「あと、呪いにかかった僕がどうしてこっちの世界に戻って来られたのか。それもどうしてなのか知りたくて」
「存じていると思うが、私の息子は呪いを解く力を持っている。その力があって、君は戻ってくることができたのではないかな」
「出られなくなった人は相当いたはずなのに、僕だけ戻って来られたのは不思議だったんです。優利に頼めば、僕以外のサジンも助けられるのでしょうか」
「……それは難しい。優利の力は限られている。何かその人物との繋がりが必要なんだ」
優利の力だけでは、行方知れずになった人々全員を助けることはできないと語る。それを聞いたサジンは、少しの間黙り込んだ。源蔵から話題を切り出すことはなく、空間にしばらくの沈黙が流れる。そして、サジンはゆっくり口を開いた。
「あなたですよね」
どうにか、一言だけひねり出した。何が、とは言わなかったためか、源蔵はそのまま言葉を返す。
「それはどういう意味でかな?」
「僕をダンジョンに閉じ込めたのも、僕以外の人にそうしたのも、あなたがやったんじゃないですか」
サジンは薄々考えていたことを、たどたどしく喋った。唐突な意見だが、源蔵はそれに対して真摯に答えてくれる。
「和泉さんが何故そう思うのかは分からない。ここでしらばっくれたとして、確証がないのでその考えは通らない。だが、あえて言おう。確かに私がやった」
こうもあっさり認めるとは、という気持ちと、どうしてそんなことをしたのか、という気持ちがせめぎ合う。今すぐにでも胸ぐらをつかんで問いただしたかったが、深くまばたきをして会話を続ける。
「どうしてか、僕には分かりません。でも……何か考えがあるんですよね?」
「和泉さん、君はとても思慮深いようだ。その優しさに感謝しつつ、私の言い分を聞いてもらおう。私は”無限の魔力”を手に入れるために行動を起こした。それがどのようにしてできるのかを知っているかな」
「いいから話してください。僕は何も知りません。知らないから怒っているんです」
「……他人の魔力を増幅させるスキルを持つ者を、何度も危険に至らしめた時、魔力が自分を守るため、その増幅させる力を自分へ作用させるようになる。だがそれだけでは溢れる魔力に身体が耐えられない」
サジンの目つきが徐々に鋭くなる。それに構わず、源蔵は話し続ける。
「ダンジョンの環境が重要なのだ。異なる世界に満ちる魔力を身に宿し、こちらの世界と異なる体質へと変える必要がある。向こうに送った後、もちろんこちらに呼び戻す必要があるのだが──そのために繋がりを残しておかなくてはいけない」
「衣服、でしょう。ダンジョンへ閉じ込める前に、服の一部を回収したんじゃないですか」
「ダンジョンの中で布切れを見つけたという話を聞いた時は、身につけた物に魔力が宿り続けることを再確認させられたよ。大方、優利が喋ったのだろう」
「優利が呪いを解くことができることまであなたの仕業なんですか?」
「いや、それは違う。本当に……本当にただただ幸運だったんだ。外向けに家庭を持ったように装うつもりだったが、この時ばかりは奇跡が起きたと思ったよ」
「自分の子供まで利用したんですか。僕は、僕は」
異なる世界での生活は、決して苦しいことばかりだったわけではない。だが、人間として、”普通の世界”で過ごす者として、取り返しのつかないことがあまりにも多かった。ふつふつと湧き上がる気持ちを言葉にできず、サジンはただ手を震わせることしかできない。
「確かに何人もの人々を実験に使った。だが、確かに無限の魔力を手にして、こちらの世界に戻ってきたのは和泉さん、君だけだ。君という存在は私にとって長年追い求めた秘宝そのものなんだ」
「だんだんあなたの声を聞くだけで腹が立ってきました……悲しいし、イライラするし、理解ができません」
「何を感じようと構わないさ。もう一度お願いしよう。世界を守るために、力を貸して……いや、返せないのだからこれは不適切だ。その力、大事に使わせてもらおう」
何かされる、と感じ取った瞬間に、サジンの身体は動いていた。源蔵の力なのか、地面からサジンに向けて”鎖”が伸びてきている。飛び退いたサジンを追うようにぐねりと曲がり、そのまま拘束しようとうごめいていた。
「くっ!」
対してサジンもどうにか石化を駆使して応戦する。石の柱を床から伸ばし、そこへ鎖を巻きつけることができた。時間ができたとみて、ありったけの力で出口となる扉を蹴り飛ばす。
あまりの力強さに人が通れる隙間が若干できた程度に収まったが、そこへ飛び込むようにして脱出を試みる。木のトゲが身体に擦れたが、そんなことは気にしていられなかった。
後は階段を登って逃げるだけだ、と踏み出した時、首をぐっと掴まれたかのような感覚を抱き、身体が後ろへ引っ張られていく。追いつかれていたか、と後ろを振り向くが、源蔵は一歩たりともその場を動いていなかった。
乱雑に投げ飛ばされるようにして、部屋の中へと戻されるサジン。何が起きたのか理解できなかったが、閉じ込められていることは確かだった。
「呪いが発動する瞬間を初めて見たが、そういう風にして閉じ込められるのか」
「何を……言ってるんですか」
「もう一度ダンジョンから出られないようにしただけさ。私の仕事場の地下は、ダンジョンと繋がっていてね」
逃げることはできないと悟ったサジン。戦うべきか、それでも退く手段を探すべきか。足掻くしか道は残されていなかった。




