治療の力で
『中に閉じ込められた優利には、ひたすら治療の力を使うように伝えてある。じゃが、あやつ一人でこの呪いを解くにはどれだけかかるかわからん。お主が協力してやらねばならんぞ』
「えっ、ここからじゃ手を貸すこともできませんけど」
『そりゃあの中に突撃あるのみじゃ。わしが通り抜けられたんじゃから本気でやればおぬしが入るぐらいどうにでもなるじゃろ』
「呪いの塊に突撃しろってことですか!? 僕またダンジョンから出られなくなったりしません? 新田さんとかの方が頼りになりませんか?」
『他人の魔力を増幅させられるのはおぬしだけじゃろうが! とっとと行かんか!』
自分がダンジョンで彷徨うことになった原因であろう呪い。それの塊が今目の前にあって、なおかつその中に友人たちが閉じ込められている。正義感や、自分の倫理的な面からして、助ける以外の選択肢は無い。
そのはずだが、サジンの身体は中々前に進まなかった。怖いという感情は無かったが、それでも、無意識に”またダンジョンに閉じ込められる”ことは、耐え難いことだと感じていたのだ。
頭の中で、もしもの可能性がこだまする。もしもう一度ダンジョンに閉じ込められてしまったら。もし二度と家族や友達と会うことができなかったら。もし誰かのしあわせを守ることができなかったら。
考え出すときりがないのは分かっていた。しかし、構えた剣を振り下ろすことができない。あと一歩、もう少しのところで踏ん切りがつかなかった。
『どうしたサジン、はよせんか!』
サジンは、寸前のところで舌打ちするのを我慢した。女王は昔からこういうタイプだ。欲しい時に欲しい言葉をくれたためしがない。彼女なりに思っていることは分かるのだが、飛び出す言葉はいつも勝手なものばかり。
いやいや、今更そんなことを思ってどうする、と、ぶるると頭を震わせるサジン。逃げ出したい、一旦待って欲しい、考える時間が欲しいという思考のせいで、考え方が逃げ腰になっている。
ずっとダンジョンに閉じ込められて、人間の世界と離れて生活していないと、自分の気持ちなど分かってくれないだろう。サジンはこの際誰だっていいので、自分を認めて欲しいし、褒めて欲しいと願った。そんなわがままな自分を客観視して、ふと笑みが溢れる。
「案外子供っぽいんだな、僕」
ほんのちょっぴりだけ迷いが晴れた。今の自分に必要なのは、覚悟ではなく行動であると理解した時、身体は勝手に動いていた。サジンの剣を空を裂き、もう一つの空間への道を開く。全身で転がり込むようにして、内部へと突撃するのだった。
人間の世界からダンジョンに移動する時のように、未知の空間を移動するような感覚はなく、部屋の壁を無理やり壊して隣の部屋に向かうように、すぐ次の空間へと移り変わる。
「うわあ!? サジン君が壁から入ってきた!」
「みんな、大丈夫ですか。お出かけ中に、大変なことになっちゃいましたね」
肩や膝についた土を払いながら、再び立ち上がるサジン。先程まで居た場所とは全く違う情景に驚きつつも、聞いていた話を切り出していく。
「女王から話は聞いています。とにかくゆうりの魔力を増幅させればいいんですよね」
「ああ、でもほどほどに頼むぞ。あんまり増やされると耐えられなくなるらしいし」
壁に手をついたままじっとしている優利が、サジンの方に振り向きながらそう言った。加減が難しそうだと率直に思ったサジンだったが、こればかりは徐々に調節するしかない。
「ゆうり、直接増幅させますから、触れてもいい位置を教えてください」
「別に適当でいいけど……背中とかにしといてもらうか」
そう聞いたサジンは、優利の背中に手を当てる。自分を基準にするわけにもいかないので、徐々に出力を上げていくように、ゆっくりと魔力を注ぎ込む。すると、さっそく空間に変化が現れた。
「また揺れてる! やっぱり効果アリってことなのかな?」
「女王の言っていることが当たっているなら、そうでしょうね。にしても、中がこうなってるとは思わなかったですが」
「サジン君は外側から入ってきたけど、そっちから見たらどうなってたの?」
「赤いモヤモヤが、うわーっと広がってるんです。その中に、この空間が入っているイメージですね」
わかるようなわからないような、抽象的な説明を精一杯するサジンであった。誰かが話している間も治療の力を使い続ける優利だったが、次第に部屋の揺れが大きくなり、姿勢を崩しかける。
咄嗟にサジンが支えるが、優利が力を使えば使うほど、揺れは大きくなっていることが明らかになってきた。
「げっちーが小さくなって籠もっちゃったみたい。何かを感じ取っているのかも」
「地鳴りもしないのに地面だけ揺れるなんて、おかしすぎるよぉ。気分が変になりそう……」
『この部屋にある呪いは確実に減ってきている……あと少しの辛抱じゃぞ!』
流石に立っていられなくなってきたのか、優利は膝をつきながら壁に触れ続けている。揺れは大きくなり続け、下手をすれば天井が落ちてきかねない勢いだった。ぽろぽろと落ちてくる砂を見て、各々が焦り始める。
「ねえ女王さま、ほんとに崩れてきたらどうするの!?」
『サジンが石の屋根を作って適当に防げばよかろう! やれるじゃろ!?』
「やることが……多い……!」
片手で優利に魔力を与え、視界は天井を見つつ、ぐらつく地面に耐えながら、いざとなれば崩落を防ぐ屋根を作れとのこと。サジンは全部こなそうとするのを諦め、優利に送る魔力をさらに増やし、呪いを解くことを優先する。
どうやら最も効果的な選択だったようで、ぴたりと部屋の揺れが収まった。しかし、同時に地面へと亀裂が走り、サジンの背筋がぞくりと反応する。
「床が持ちません! 気をつけて──!」
サジンがそう叫んだ瞬間、安子と優利の悲鳴が響く。ほんの一瞬落ちるような感覚がした直後、すぐさま尻もちをついた。強く打ってはいるものの、骨は折れていないことが分かる。崩落するかと思われた天井や壁はきらきらときらめき、残骸も残らないまま消えていった。
一瞬の出来事だったが、視界が開け、サジンは元いたダンジョンに戻ったことを悟ると、すぐさま辺りを見渡した。背中や腰を手でさすりながら痛みに耐える優利と安子、うまく着地した美月と透を確認し、胸をなでおろす。
「無事、消滅させられた……のでしょうか」
あの赤黒い塊、もとい囚人の呪いがダンジョンの主であれば、ここも同時に消滅して元の場所に戻されるはず。全員がまだダンジョンの中に立っているので、主が消滅したわけではないらしい。
「本当にあの中から出てくるなんて。一体何があったか気になるけど、みんな大丈夫かい?」
「いざとなったら俺が治すので平気です……はあ、結局どうなったんだか」
背中をさすりながら優利が返事する。状況を整理するには、もう少し時間がかかりそうだ。




