4人の行方
扉の先の空洞は、道の突き当たりというほど狭くはないが、わざわざ部屋とするほどの生活感はなかった。家具らしいものもなく、ただ岩肌と土が見えるのみ。
『あと少しでも助けが遅かったら、このサラマンダーに扉を壊させたところじゃ。まあ、その必要もなくなったがの』
「げっちーへ勝手に指示しようとしないでちょうだい。……あの扉、内側からじゃ開かなかったの。無理やり壊しても地形が崩れるかもしれないから、ここを調べて時間を潰してたのよ」
透が両手に持っている石像と、美月が会話している。安子は会話の内容から、そこそこ会話を繰り返す時間はあったのだろう、と考えた。
「最初から閉じ込められてたの? 何か進展はあった?」
「そうね。ずっとここにいたけど、出口らしいものは無かったわ。私たちを閉じ込めた目的も見当がつかないし、謎だらけって感じね」
「こっちも外側を調べたけど、収穫なしだったよ。はああ、面倒なダンジョンに入っちゃった」
ため息をつく安子。何かしらの意図があって空間を仕切っていたことは察せられるが、誰もその目的に気がつくことはなく、ただ合流できただけ、という状況だった。
「これからどうする? 他の探索者が別の場所に行ったんだったら、私たちは待ってるだけでそのうち脱出できちゃうかも」
「それだといつまで閉じ込められるかわからないぞ。サジンや新田さんも心配だから、もう一度この部屋に何かないか探してみよう」
優利はまだこのダンジョンにも何かがあると予想しているようだ。安子や美月、透もそれに同意し、手分けしてこの部屋らしき空間をもう一度調べることとなった。
数分間、壁に触れたり、怪しいところがないか見回っていたそれぞれ四人だったが、やはり進展はなく、大した成果は得られなかった。そんな中、美月のそばを離れなかったげっちーが、ある変化を見せる。
「きゃっ。げっちー、急に小さくなってどうしたの?」
美月の元へ飛びかかるようにして戻っていくげっちー。それを見守った直後、ダンジョンに変化が起こった。
「わっ! 揺れてる!」
「地震……? いや、静かすぎやしないか?」
立っていられないほど部屋全体が大きく揺れ、天井からぱらぱらと砂が落ちてくる。が、地鳴りのような音は一切せず、ただただ地形が揺れているのみ。自然現象にしてはやけに不気味だと、安子は不安げな顔を浮かべた。
『今、サジンの魔力が薄れた。むむ、そもそもサジンの魔力があるとは分かっても、位置が特定できないのじゃ。もしかしたらじゃが、原因がわかったかもしれぬ』
「お兄ちゃんに何かあったってことですか?」
女王を床に落とさないよう揺れに耐えていた透がそう話す。だが、透の兄とはまた別の話である、と女王は続ける。
『よく聞け小童ども。サジンの魔力というが、実際は本人にかけられた呪いのようなもの。説明すると長くなるが、わしらの世界に閉じ込められる呪いがかかった人間が、何人もいることは間違いない』
「お兄ちゃんみたいな人がいっぱいいるってことですね」
『そうじゃ。そして唯一人の世界に戻れたのは、おぬしらのよく知るサジンただ一人。わしがおぬしらの世界へ最初に様子を見に行った時も、その呪いは薄れておったな』
サジンこと和泉翔は、何かしらの理由で呪いが解けて現代に戻ることができた。サジンの魔力が薄れるということは、同じようなことが今も起きているということになる。
『事はかなり難解じゃ。優利、お主は治療のスキルとやらを持っておったな。その能力、ただ傷を治すものではないはず』
「確かに、デーモンに取り憑かれた人を助けたりしましたけど。……いや、待った。女王様の言いたいことが分かった気がする」
『そうじゃ。今、お主はダンジョンに触れたら、ここに存在するサジンの呪いに影響を与えた。わしはここにサジンが居るとばかり思っておったが、もしかしたら……この空間そのものが、迷宮の囚人なのかもしれぬ』
──────
どこかで話題に上がっていた当の本人であるサジンは、暗く、だだっ広い草原の真ん中で、ただ座って待っていた。太陽も月もないが、ふわふわと浮かぶ植物らしきものが光を放っていて、視界に困ることはなかった。
いかにも現代では考えられない空間の中、何もない空を見上げたり、周囲を見渡したり、落ち着かない様子のサジン。
「新田さん、全員の避難は終わったんですか?」
「大丈夫だよ。俺がいる限り、アレが動くことはないから安心して」
連がちらりと視線を送った先には、赤黒い丘のようなものがあった。周辺の環境とは異なるそれは、呼吸をするようにゆっくりと膨らんだり、萎んだりしている。
「このダンジョンが発生した場所をまとめてもらったんだけど、君たちが行ったことある場所ばかりだ。どの入口からも最終的にこの草原へ出るはずなのに、4名行方不明者が出てる」
「入った時点でゆうりがいなかったように、他にいなくなった人がいるんですね」
「さっきサジン君に帰って確認してもらった資料では、地区の近くにある入口で、3人が帰ってきてないみたい。少なくとも、ここに着いた探索者全員には一度帰還するよう通達して、俺たちだけが残ってるはずなんだけど」
「別の場所に送られてしまったんでしょうか」
その可能性もあるね、と連は頷く。
「手っ取り早いのはダンジョンの主を倒して消滅させちゃうことだけど、まあ、難しいのはサジン君にも分かると思う」
「あれが本当にダンジョンの主なんですか? 僕には正直、生き物かどうかすらも分かりません」
サジンと連の視線は、赤黒い丘へと向かう。物体なのか、生き物なのか。地形であるかどうかすら分からない存在だったが、連が押さえつけていることは確かだった。
「気配としては生き物じゃないかもしれない。ただ、少なくともサジン君を襲おうとしたからね。しばらく動けなくなってもらうよ」
「魔物……なんでしょうか。大きすぎて、全貌がわかりませんが」
見上げるほどの大きさがあるそれを見て、警戒を強めるサジン。対して、連は飄々とした顔でダンジョンについての報告をまとめるのだった。




