不思議のダンジョン
カフェから見える範囲の場所に、人が二人ほど入れるかどうかの横幅がある、縦穴が空いていた。周辺はすぐに探索者やそれに関する者以外立ち入りが禁止され、少々物々しい雰囲気が漂っている。幸い路上から離れているため交通の便に影響はないが、周囲の人間は不安に思うこと間違いないだろう。
安子が先頭に立ち、探索者地区の学生であることを説明すると、少しこわばった表情をされたが、禁止区域に入る許可が降りた。既に大人の探索者が複数人調査に向かったが、帰っては来ていないらしい。
「うーん、底が見えないね。縄ばしごが垂れてるけど、これで大丈夫なのかな」
「最悪、主を倒さないと帰れなさそうね。何か情報はないの?」
「このダンジョンに関してはないよ。優利たちもいないし、ちょっと行くか迷うところだけど……そうだ! 女王さま、何か分かることはないの?」
『この身体にそこまで器用なことができるかわからぬが、しょうがないのう。入口の近くに寄せるのじゃ』
女王の指示を受け、透はダンジョンの細い入口に小さな石像をかざす。少しして、わかったことを教えてくれた。
『ひときわ強い気配があるが、おぬしらにはわからんのか? というかサジンの魔力じゃぞ。あやつはもうこの中にいるかもしれんな』
「サジンくんが!? 入口はここしかないと思うけど、今はお出かけ中だったよね?」
『細かいことは知らんが、サジン以上に強い気配はない。ダンジョンの一部がたまたまこっちに繋がっただけで、大したもんはおらんじゃろ』
「都合よくサジンくんの方にも同じダンジョンの入口ができないと、そんなことにならないよね。女王さま、そんなことってあるの?」
『世界がどう繋がるかどうかなぞ、わかるわけないじゃろう。もしわしに反応して繋がったとすれば、サジンに反応して繋がることもあるやもしれんが』
「女王さまと仲良しだもんね。似たようなことはあるかもだけど……」
安子が身を乗り出して縦穴を覗き込む。本当に底まで縄ばしごがかかっているのか疑問に思うほど真っ暗だったようで、飛び込むことを躊躇しているようだ。
今すぐに向かう必要はないと判断したのか、美月と透のところへとたとたと戻っていく。ちょっと待ってねと二人に伝えた安子は、現時点での情報をもっと知るため、近くに居た大人の探索者へ聞き取りに行った。
「地区の学生さん? もう探索者は調査に出たから、しばらく待ってると帰ってくると思うよ。あっ、縄ばしごが揺れてるし、ちょうど帰ってきたんじゃないか?」
「わかりました! どれぐらい深かったのか、聞いてみないと」
ぎしぎしと音を立てながら揺れる縄ばしご。しばらく見つめていると、人の息切れする声がかすかに聞こえてきた。大人の探索者は手を伸ばしに行ったが、想定とは違ったことが起こっていたようだ。
「あれっ!? あんた一人だけか!?」
縦穴から現れたのは、見知らぬ大人の探索者ではなく、見慣れた姿の学生であった。息も絶え絶えな様子だが、その場にいた全員の視線が突き刺さっているのを感じたのか、彼のほうから声を発した。
「探索者学校の生徒、九条優利です。あの、ここってどこですか」
「優利!? なんで穴から優利が出てくるの!?」
「知り合いの方? ちょっと待って、詳しいことは今から聞くから」
真っ先に安子が反応したが、先に色々と尋ねることがあるようだ。優利は簡易的な椅子に座らされ、水分をとっている。少し落ち着いたのか、自分から何があったのかを話しだす。もちろん安子たちも気になったようで、優利の周囲を囲んだ。
「えっと、こことは別の入口からダンジョンに入ったんですけど、入った段階で同行者と別れちゃって。進める範囲で進んだら人工物があったので、もしかしてと登ったらここについてました」
「道中で他の探索者には会った?」
「いえ。入った段階で俺一人になったので、しばらく出口を探して歩いてたんですが、誰にも出会いませんでした」
その後も優利への聞き取り調査は続く。魔物はいたか、どんな地形だったかなど、マニュアルに基づいた質問の他に、聞ける範囲での情報を共有しようとしていた。
流石にそこへ割り込むわけにはいかず、安子たち三人は場所を空けて待機することにした。入った段階で一人になる、ということが気にかかったのか、美月が話を切り出す。
「よく発生するダンジョンとはまるで違うみたいね。拠点と行き来ができないから、調査にも時間がかかるでしょう」
「ダンジョンに入ったらまず人数を確認しろって習ったけど、こういうことがあるからなんだねぇ」
透はまだ小学生で、専門的な知識は授業ではなく独学で学んでいたため、静かにこの状況を観察していた。安子たちの会話はもちろん聞いているが、意見することはせず、静かに自分の考えをまとめることに集中する。
「ダンジョンといえば女王さまだよね。こういう不安定なのも何か理由があるの?」
『わしを何だと思っとるんじゃ。はあ、わしは一国の長として過ごしているだけで、世界の構造そのものに詳しいわけではないのだぞ。おぬしらだって、自分の世界がどんな構造かを知り尽くしているわけではなかろう』
「そこをなんとか! 女王さまって頼りになるからさ!」
しょうがないのう、と女王はつぶやく。安子の真摯な態度が功を奏したのか、一応予想を話すことぐらいはしてくれるようだ。
『わしはいわゆる”ダンジョンの主”とやらで、石の国はわしが構成しているようなもの。しかし主の力が不安定である場合は、世界そのものに影響を及ぼすじゃろう。要するに、わしやサジンに反応するぐらいに不安定な構造なんじゃから、まともにこちらと繋がってるとは思えん! 入口も複数生まれるじゃろうし、人が攻略するには骨が折れるぞ』
「おおー、わかるようなわからないような」
『大体なんじゃ? 人間は一々繋がったダンジョンをしらみつぶしに消滅させないと気が済まんのか? 交わってしまったものはしょうがないじゃろう、影響がないなら放っておけばいいものを』
「それはちょっとわかるけど……人を襲う魔物がいるかもしれないなら、安全のために攻略しないと。それに、調査のためっていう目的もあるし」
安子が女王を論すようにするのを見て、美月も自分の意見を話す。
「根本的なことを話していてもどうしようもないわ。安子、あなたは調査に行くの?」
大人に任せるべきなのか迷っているうちに、優利がこちらへ向かってくる。当然といえば当然だが、安子たちがダンジョンへ行く理由を決定づけることを話した。
「サジンと新田さんはまだ中にいるんだ。合流できるかはわからないけど、俺たちも調査に行こうと思う」
「……そうだね。あの二人なら大丈夫だと思うけど、一応私たちも行こっか」
実力的には探検隊の中でもトップクラスの連と、特異な力を持つサジン。心配するほどではないかもしれないが、四人は二人と合流するため未知の迷宮へと足を踏み入れることとなる。




