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お出かけの時間

 時はあっという間に過ぎ、日曜日の朝方となった。待ち合わせは午前10時と少し早めの時間帯だが、サジンはいつも早く起きているため、問題なく出発できそうだ。しかし、問題は時刻ではなかった。


「駅から電車に乗る、駅から電車に乗る、お金を忘れないように、お金を忘れないように……」


 サジンは現代において誰かと遊びに行くなど初めてのこと。今回は待ち合わせ場所が最寄りの駅だったのだが、その時点でサジンには分からないことだらけであった。とにかく困ったら連や優利に頼るべきと心に決めているが、それでも不安は拭えない。

 ある程度の軍資金は母親から支給してもらったが、服装や持ち物に不備はないか、ダンジョンに向かう時よりも念入りに確認するサジン。小学生の透が遊びに行くとなると、近場のカフェで食事をするぐらいがいいと安子たちは提案した。しかし、男子は少し行き先が違う。


「かでんりょうはんてん……ってなんなんだ?」


 連の趣味が相まって、なんと男子チームは都心にある家電量販店に行き先が決定してしまった。優利からは異論はなかったものの、サジンはまだどんなところかいまいち理解ができていない。けれども、サジンはこちらの世界に慣れることが大事だと考え、ついていくことに決めた。

 準備を終え、玄関へと向かうサジン。透はもう少し待ち合わせまで時間があるため、出発するのはサジン一人。家族総出で見送ることとなる。


「それじゃあ、母さん、とおる、いってきますね」

「気をつけていってらっしゃい。駅まではお父さんが一緒だからいいけど、ちゃんとお友達に教えてもらってね」


 万全の体制で望むため、駅までは父親が同伴、その後は連と優利に頼るという形となった。歩いて少々時間がかかる距離だが、地区よりかは近い方なので、駅に行く自体は簡単なはずだと、サジンは考えた。

 そして出発の時。父の案内と地図のおかげで、滞りなく駅へと向かっていくサジン。特に何事もなく、あっけなく駅へと到着して父親と別れたが、一つ確信していることがあった。自分一人なら倍は時間がかかっていたな、と。


 探索者地区から最も最寄りの駅であるため、そこそこの規模があり、人の流入もある方だった。サジンはそこでどうにか優利を探さないといけなくなったが、目印となる場所を頭の中で何度も暗唱し、人の合間を縫って進んでいく。


「着きました! ゆうり! こうして会えるのは新鮮ですね!」

「ちゃんと来られてよかった。俺と新田さんだけになったらどうしようかと……」


「まあまあ、別に行かないといけない時間が決まってるわけじゃないし、ゆっくり行けばいいさ。それじゃ、切符を買おうか」

「はい! 教えてください!」


 元気に返事をすると、改札で目的地までの切符を購入する方法を連が教えてくれた。日曜日というのもあり、人もそこそこいたため、隣で優利が見守りつつの購入となる。


「できました! ゆうりと新田さんは買わなくていいんですか?」

「俺たちは電子でやれるから大丈夫だ。ほら、改札にいくぞ」


 改札に切符を入れるだけでも緊張していたサジンだったが、人の流れを止めるわけにはいかないと感じたのか、できる限り自然を装いつつ通り抜ける。その表情は非常にぎこちないものであった。

 迷わないよう二人にしっかりついていき、広いホームに到着する。電車が来るまでの時間、サジンに連がこんな質問をした。


「そういえば、電車も覚えてないって言ってたよね。小さな子供って大体車とか電車が好きなイメージだったんだけど、好きじゃなかったの?」

「いえ、それも覚えてなくて。お師匠が教えてくれたんですが、小さな頃の僕は、死ぬ度に生き返るための魔力が足りなくて、肩代わりするために記憶も一緒に失くしてたみたいなんです。だから、ダンジョンで過ごす前のことは、ほとんど覚えてないんですよ」


 自分が死ぬと、これまでの記憶を失って、代わりに生き返ることができる。小さな子供が生きていくには、ダンジョンという場所はあまりにも過酷。何度も倒れたとサジンは語る。それを聞いた連は口を抑え、目をしかめた。


「……ごめんね、そんなことがあったなんて」

「いえいえ、気にしないでください。今も僕が生きているのは、記憶がなくなったおかげです。思い出だって、これから作るじゃないですか」


 今は明るく話すサジンだが、当時はもちろん悲しんでいたものだ。しかし、何度も何度も倒れ、どこかで生き返るうちに、何で悲しんでいるのかすらも分からなくなってしまった。覚えているのは、自分に帰る場所と家族がいるということのみ。


「これから楽しいことをするのに、あんまり暗い話はしたくないんです。ほら、電車が来ました! これが人を乗せて運ぶんですね!」


 優利と連は、こんな少年が、どうしてそれほど過酷な運命を辿る必要があったのだろう、と思ったはずだ。しかし、明るく振る舞うサジンに合わせるように、電車に乗り込んでいく。どこか暗い表情の二人だったが、朗らかに笑うサジンを見て、次第に顔が緩んでいくのだった。


 車での移動を経験したおかげで乗り物に慣れたのか、乗っただけで気分が悪くなるようなことはなくなった。朝とも昼とも言い難い時間であったため、車内はそれほど混雑していなかったが、それでもサジンにとって慣れない状況には変わりないようだ。


「一応言っておくけど、基本的に街中でスキルは使っちゃダメなんだ。気をつけたほうがいい」

「あ、はい。大人しくしておきます」


 緊張の中、優利から釘を刺されるサジン。確かに、こんな人中で石化など使ってみれば、大変な騒ぎになるだろう。地区やダンジョンで使い慣れているせいで、うっかり使ってしまうことがあるかもしれない。


「……いやいやいやいや、やりませんよ、ゆうり。流石にそれは分かってますよ。というかダンジョンで生活してた時も四六時中使ってたわけじゃないですからね」

「あ、やっぱり向こうでもそんな感じなのか」


 優利の言葉に流されそうになったが、一応サジンも人中でスキルを使ってはならないと分かっていたようだ。一瞬納得しかけたが、改めて弁明する。

 都心に近づくにつれて、人の行き来が増えてきたのか、少し車内が混雑してきた。楽しくおしゃべりする時間もなく、黙々と座って目的地に到着するのを待つ。高くそびえる建物が建ち並ぶ街並みに、未知の世界を感じるサジンであった。

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