ダンジョン攻略のおさらい
ダンジョンを攻略する。その発言からしばらくして、安子が優利の家へとやってきた。本人が言うには、遅刻の連絡は既にしているようで、多少登校が遅れても問題ないそうだ。
「じゃ、ダンジョンに入る前の指紋認証しよっか」
「しもん? それでどうするんですか?」
「スマホに触ってダンジョンに入ったよ~っていうのを記録するんだよ。攻略したり、失敗した時に分かるようにね」
「触るだけで……不思議ですね」
安子がスマホの画面を見せて周り、サジン含め三人の指紋を登録した。なんのことやらとスマホをじろじろと見つめるサジンだったが、あまり人のものを見るのもよくないと思い、気にしないことにした。
「ゴブリンはティア4の魔物だけど、ダンジョンの先じゃ何があるか分からない。俺と安子もティア4の探索者だし、くれぐれも油断するなよ」
「はーい。久々のダンジョン攻略だね!」
ティア。ティアってなんだよ、とサジンは口に出しそうだったが、丁寧語が崩れるのを避けるためか、質問をするのに一呼吸置いた。
「ゆうり。僕にもわかるように説明してください」
「あー、探索者とか魔物とかは”ティア”っていうくくりで順位付けされてるんだ。4が一番低くて、1が一番高い」
「要するに、ゴブリンも私と優利も、一番低い順位にいるってことだね」
何やらややこしい仕組みが日本にはあるんだな、とサジンは思った。ダンジョンの中では環境に適応し生きていけるかどうかが最重要だったが、こちらでは強さが1つの指標になっている。何のためかは不明だが、それ以上考えることはしなかった。ここでは多分、そういうものなのだ。
「学生はだいたい4、その中で上位の奴は3ってところだけど……今は気にしなくていいか」
「そうです。それがなんなのか知りませんが、生きて帰ることが一番大事です」
ゆらゆらと動く次元のひずみに飛び込もうとするサジン。それを見て追いかける優利、最後に安子が続く。じいやは既に家で休んでいるので、見送りは誰もいなかった。
ひずみの先はうっすらと暗く、人間の目でなんとか風景を見ることができる程度の明るさだった。じゃりじゃりと草地から足音が変わり、まさしく異郷にやってきたことが分かる。
「突然明るくなるかもしれないので、気をつけてください」
「なんでそう思うんだ? 洞窟っぽいぞ?」
「ゴブリンは日光の下でも眩しそうにしていませんでした。巣がある所も明るいはずです」
サジンは自分だけ先に進んで行こうかと考えたが、そのアイデアは良くないと判断した。サジン自身の勘だが、二人してダンジョンでの経験が豊富なように思えなかったからだ。
「じゃあライトつけるか。ほい」
「どわあっ!?」
「うひぃっ!? 驚きすぎだよサジンくん!?」
突然明るくなると言ったのはサジンだったが、人工的な光には全く耐性がなかった。素っ頓狂な声をあげ、周囲をきょろきょろと見渡している。軽いパニックである。
「とても明るいですね……正直明るすぎるぐらいですが」
「これぞ文明の利器って感じだな」
目が慣れてきたサジンは、自分の周りを軽く見渡してみた。流石に明るさが違うため、今度はより詳しく地形を理解することができたようだ。
洞窟状のダンジョンになっている以外にも、ある程度の植物が生えていることが分かる。野性的な臭いはしないため、サジンの感知できる範囲に生き物はいないらしい。
「これは食べられる草ですよ。食べておきますか?」
「いや、ちゃんと食べ物は持ち込んでるから。雑草だぞそれ」
食べられる時に食べ物を食べないのか? そんな疑問を浮かべたサジンは、自分の分だけの草を回収し、口の中に運んだ。野菜のように美味しいわけではないが、多少の味が感じられたらしく、ううんと唸りながら食している。
「まあまあ美味しい草です。洞窟ですが、食べ物に困らないかもしれないですね」
「ティアの低い魔物が居るダンジョンは環境がまだマシって習ったけど、草で判断する奴は初めて見たよ……」
食物連鎖や生存競争に置いて、下位に属する魔物、優利が言うティアの低い魔物たちは、過酷な環境で生き抜く術を持たないことが多い。弱い魔物が居るダンジョンは比較的安全で、強い魔物が住み着いた魔物は過酷な環境である。優利たちは授業で習った内容だったが、サジンは己の経験で学んだようだ。
魔物の襲撃を警戒しつつ、三人仲良く奥へと進んでいく。天井まで手を伸ばせば届くほどの高さで、通路のような構造になっているからか、奥へ進むうえで苦労することは無かった。分かれ道もなく、淡々と洞窟を進む。
「むっ。この先に生き物の気配がします」
「俺は全然分からないが、サジンが言うならそうなんだろうな。安子、前は頼むぞ」
安子が任せてと言いながら、短い刃物を取り出した。サジンはそれを見て、相手を斬るための道具なんだな、と理解することができた。しかし、疑問に思ったことがあるようだ。
「ゆうりは戦わないんですか?」
「俺は回復役だからな。戦えないわけじゃないけど、安子みたいに戦闘スキルがないし」
「ひーらー? すきる? まだまだ分からないことが多いです」
優利がサジンにも分かるように説明する。ざっくり言うと、ダンジョンが出現した時代から、人間も特殊な能力を持つ子供が産まれるようになったのだ。火を起こしたり、傷を治したり、身体を強くしたり。そういった能力を、一人につき1つ持っていることがあるのだ。現代では若い世代の半分ほどがスキルを持っていて、主にダンジョンを攻略、探索することに活かされている。
「っていうのを俺たちは学校で習うわけだ」
「なるほど。僕も何かあるかもしれないですね」
「サジンも安子と同じ、身体能力を強化するスキルじゃないか? 調べてみないと分からんが」
「へぇ~、サジン君も一緒なんだ! まあ、あんまり珍しいスキルでもないけど。えへへ」
サジン本人はなるほど、と言っているが、実際のところ完全に理解できているとは言い難い。雰囲気で言ったのだ。
それから少し歩いた所で、通路の明るさがほんの少し増したのを感じたサジンが、二人の歩みを止めた。群れの巣が近くにあると伝え、慎重に進み始めるのだった。