平和への旅路
脳内には確かな姿が想像できた。安子よりも速く。透のように豪快に。優利のように正確に。
溢れる前に魔力の使い道をしっかりと割り振る。暴風よりも速く駆けるための力を脚に。奴の鱗を引き裂くための力を剣に。それでもなお溢れる魔力を大地に。
一瞬、優利から黒いドラゴンの間に、”石の道”が出来ていた。鱗ごと切り裂かれた胴体からは、ぽたぽたと赤い血が滴り落ちている。
「な、何だ……? 斬られたのか?」
ドラゴンがサジンを認識しようとするが、位置を捉えることができなかった。それどころか、切り傷がどんどん増えていく。
「少しだけですが、コツが分かった気がします。無駄遣いする勇気も大切ですね」
斬撃から逃げようと、翼を羽ばたかせるドラゴンだったが、ある違和感に気がついた。動くはずの翼の感覚がない。確認するすべもなく、サジンから距離を取ろうとするが、身体が動くことはなかった。
斬撃はドラゴンに着実な傷を負わせていたらしく、スキルに対しての耐性も弱まっていた。加えてサジンの増幅した魔力を持ってすれば、ドラゴンですら石化させることができる。
「安子! 一気に止めを刺します! ナイフをこちらに向けてください!」
「う、うん! 分かったよ!」
ナイフの先端から大きく石の刃が伸び、短い刀身が一気に腕ほどの長さへと変貌する。
「打ち砕いてみせる!」
石で覆われていくドラゴンの胴体を、サジン渾身の一撃が貫く。安子も負けじとナイフを突き立てると、びくともしなかったはずの身体にヒビが入った。
全身が石になった時、既にドラゴンの身体は形を保つことなく、ガラガラと崩れ去っていく。悲鳴をあげることもできず、ただ無機質な、瓦礫となっていく石の音が響き渡った。
デーモンの兵士たちはドラゴンが倒されたことにより戦意を喪失し、どこかへと飛び去り、逃げるように離れていった。サジンは光となって消えていくドラゴンの身体だったものを見届けると、優利たちの元へ戻っていく。
「この世界では、魔力がある限り生き物は蘇ります。このドラゴンもきっとどこかで復活していることでしょう」
「……俺たちが戦ったのは無駄だったのか?」
「それは違うと思いたいですね。敗れたということは記憶として残りますし、事実です。これで人間の世界へ侵攻することを諦めてくれればいいのですが」
ドラゴンの残骸が消滅すると、サジンたちの身体が光輝き始め、粒子のようにさらさらと消えていく。
「あれ……? これって主を倒した時のやつ?」
「あのドラゴンが主だったのかもしれないな。わざわざここに来たぐらいだし」
激しい戦いを繰り広げようとも、終わってみれば、荒れた土地にサジンが作り出した石の道が残るのみ。その石の道も、サジンがいなくなれば自然と消滅することだろう。四人の姿が完全に消えると、戦いを記憶する者は一人としていなくなった。
小さな洞穴はどこへやら、サジンたちは、のどかな郊外の簡易拠点に戻ってきていた。日は高く、何日もかけた死闘にならなかったことを実感する。
「消滅を確認しました。探検隊全員も帰還したようです」
大人の探索者が誰かと通信している。サジンたちはぽかんとしていて帰ってきたことを忘れそうになっていたが、安子から口を開いた。
「帰ってこれた。帰ってこれたってこと!?」
「色々と唐突に巻き込まれた気がするが、どうにかなったってことでいいんだよな……?」
ダンジョンからまたさらに世界を超えて移動しなければたどり着けない、別世界ともいっていいダンジョンで戦ったサジンたち。そんなことをつゆ知らずの探索者は、優利に向けてこんな質問をする。
「入ってから結構経ってますが、別のルートを発見したりしました? 消滅したので確認はできませんが」
「えーっと、話せば長くなるというか。まあ、さらに奥へ続く道があって、そこにダンジョンの主がいた感じです」
優利の話は間違いではないが、一連の過程を説明するにはやや言葉が足りない。優利もそれを思ったのか、連に直接報告することを提案する。
「ゆうりは疲れていませんか? 休んでからでもいいと思いますよ」
「サジンが一番疲れてるだろ。俺は大丈夫だから、地区に残って報告するよ」
この場に来た時と同じように、帰りも現地の探索者に送ってもらうこととなっている。探索を終えたことは既に知れ渡っているらしく、帰りの車もすぐに用意された。大人からしても、学生に無理をさせるわけにはいかないのだろう。
助手席に優利、後部座席にサジン、透、安子の順に乗り込むと、車は地区に向けて発進する。サジンは窓の向こうでまだ作業を続けている探索者たちに頭を下げると、視線を車の中へ戻した。
車が出てからすぐ、透と安子はすうすうと寝息を立てていた。よく見ると優利も同じようになっている。体力的な疲れというよりも、精神的な疲れがあるのだろう。普通の人間が慣れないことをしたのだから、疲労するのも当然だとサジンは思った。
時間でいうと久々というほどでもないが、こちらの世界に来てから色々なことが起こりすぎて、向こう側の世界の空気を吸うことがひどく久しいように感じたサジン。改めて、自分が向こう側の住民ではなく、こちらに”帰ってきた”ということを実感し、感慨深くなる。
車が動いている間、サジンはずっと窓の向こうを見ていた。考えるべきことは、まだまだたくさんある。デーモンたちの世界が他の世界を侵攻するのなら、世話になった石の国も危ないのかもしれない。この辺りは女王に直接聞けば事情が分かるだろう。
結局、自分の力が戦局を変えることになってしまったが、あれだけ激しい戦いを終えてもなお、サジンはこの力を世界のために使おうとは思っていなかった。
自分がこの世界で生きていくため、失いたくないものを守るため。理由を考えれば色々と挙がったが、どのみち自分のためにしか考えられなかった。
(源蔵さんはわがままだって言うかな。でも、僕は今のままが一番いいや)
そろそろ地区に到着することを運転手に告げられ、はっとしたサジンは、眠っている透たちに優しく声をかける。
「あれ? 私寝ちゃってた?」
「やっぱり疲れてたんですよ。優利も寝てましたし、今日は解散して休みましょう」
解散するとのことを聞いた運転手は、運転したままサジンたちに話しかける。
「九条さんのお宅がお迎えを用意してくださっているようです。三上さんも一緒に送っていくとのことで」
「じゃあ、私と優利はじいやさんの車に乗り換えだね。サジンくんはどうする?」
「僕の家は近いので大丈夫ですよ。どうしてもとおるが疲れているようなら、おぶって帰るぐらいはできます」
「やめてよお兄ちゃん、恥ずかしいし」
起きていた透は、ちゃんと歩けることをサジンに伝えた。話し合っているうちに車は地区へと到着したようで、緩やかな振動が収まった。運転手に四人でお礼を言うと、全員で車を降りる。
「ふあぁ、授業も合法的に欠席だな。じゃあ、今日は解散! 多分、明日には連絡が来ると思うし、また地区に来てくれ」
「はい! お疲れ様でした。無事に帰ってこられて本当に良かったです」
サジンは手を振りながら、安子と優利を乗せた車を見送った。見えなくなるまで見つめていると、透が脇腹を肘で小突いてくる。
「ほら、あたしたちも帰ろう? 一番頑張ってたのはお兄ちゃんでしょ、なんで元気なのよ」
「ふふふ、みんなを守ると約束しましたから。じゃあ、行きましょうか」
自分には帰る場所がある。そこに戻れることのしあわせを感じながら、サジンは家に向けて歩みを進めるのだった。
これにて一区切りとなりますので、毎日更新はおしまいです。
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