あと一息の力を
火球が飛んでくるなら無理やりにでも避ける。炎の息吹は壁を作り出し防ぐ。反撃を恐れているのかあまり仕掛けてこないが、顎や爪を利用した攻撃はできるだけ傷を残すように立ち回る。
防戦一方という言葉通りだが、サジンはどうにか死なずに済んでいた。体力もまだ十分に残っている。尻尾の先端が切断された以上、消耗しているのは向こうも同じだと予想する。
しかし、もっと心配なのは優利たちの方だった。ドラゴンの流れ弾に気を遣いながら、空中、そして地上の魔物を相手にしなければならない。ある意味、大きい獲物を一匹相手取るよりも、難しいことかもしれない。
「どうにか助けられないか……!」
「それで精一杯か? よそ見をしている暇はないぞ」
今の自分にはドラゴンを引き付けることしかできないと諦め、注意を目の前に戻す。この状況から血路を開くべく、闘志を奮い立たせるサジンだった。
場所はサジンとドラゴンから少々離れ、優利たちは魔法陣の近くを陣取り、迫りくる軍勢を相手取っていた。サジンはドラゴンの攻撃を距離を取りながら避けるため、どんどん三人と離れていってしまう。手下の石化を防ぐためなのか、積極的に分断させていっているようだ。
「サジン一人でどうにか持つと信じるしかないか。今は──!」
全力で走り、自分を狙う矢を避ける優利。空から狙ってくる魔物は十数匹、地上の魔物も同じくらいの数。何百、何千という軍隊のような規模ではないとはいえ、多勢に無勢であるように見える。しかし、サジンが増幅してくれた魔力がまだ残っているのか、安子の動きはいつもより遥かに俊敏であった。
「今なら二頭までなら出せるか。水よ、形を成して!」
透の力も凄まじく、地上の相手を全く寄せ付けていない。巨大な水の塊は浴びるだけで相当のダメージになるらしく、安子が囲まれずに済んでいたり、一人で数多くを相手にできたりと、要のような存在感を放っていた。こういう時、優利はいつも考えさせられる。自分はどうなのか、と。
「一々悩んでる時間はない。俺がみんなの目になって、脳になるんだ。考えろ、絶対にやれることはある」
状況を広く見て、常に一手先の行動を指示する。戦ってもらっているのだから、これぐらいは自分でできないといけないだろう、と己を鼓舞する。
現状、相手はあまり統率が取れておらず、まばらに狙いを定め、自由に戦っているようだった。やはり透の存在感が大きく、密集するとまとめて攻撃を受けてしまうと考えていると見た。
「透! まずは空の魔物を優先して頼む!」
「……っ! 分かりました!」
水でできた二頭の巨大なイルカは透のそばに戻り、届く範囲の魔物へと放水を始める。イルカの口から放射される水の勢いはかなりのもので、まともに受けた魔物は押し流され、光となって消えていく。
これはまずいと感じたか、空の魔物がより高度を上げた。こうなるとお互いの攻撃が届かないが、透は常に睨みをきかせているため、片方を封じ込めたと思って良いかもしれない。
地上にも放たれた水が降り注ぎ、地上の魔物は中々こちらへ攻め込めずにいた。果敢にも何匹か透を止めるべく向かってくるが、安子がそれを見逃すはずもない。
下級のデーモンばかりであったからか、安子と透の二人だけでもどうにか抑え込むことが出来ている。それどころか、一瞬攻勢が止むほどに影響を与えることができたようだ。隙ができたと考えた優利は、次の作戦を叫ぶ。
「安子! 透を抱えてサジンの所へ行くぞ!」
「がってん! 透ちゃんは魔物の方を見ててね!」
いわゆるお姫様抱っこで透を抱えた安子は、全速力でサジンの元へと駆け抜けていく。幸い距離はそれほど離れていないため、すぐに追いつけるだろう。優利は特に強化を受けているわけではないので、遅れないよう先に移動をしていたが、すぐに追い抜かされてしまう。激しい地響きが起こる中、どうにかサジンと共に戦うべく合流に向かうのであった。
サジンは肩で息をしながら、迫りくる牙や爪を寸前のところで躱していた。優利たちの様子を考える暇もなく、同時に反撃する体力も尽きてきている。
きっかけは火球を飛ばそうとしたドラゴンの口を、石化で塞いでしまったことだ。口内で火球が爆発し、またもや怒りの視線を向けられたサジンは、顎や四股による攻撃を集中的に受けるはめになった。
「尻尾、あそこからなら切れるはず……!」
自身の力を増幅させるのは最後の手段として、極力素の状態で戦っていたサジンは、弱点と思わしき尻尾を攻撃することに躍起になっていた。どんどん優利たちと距離を離され、一対一で戦うしかないこの状況。時間を稼ぐしか自分にできないのかと、膝をつきそうになったその時。
「サジン! 一旦安子たちに変わった方がいい!」
戦場に響く優利の声。合流してくれたのか、と笑顔が漏れる。
「小賢しい連中め……!」
デーモンの部隊も追ってはきているが、サジンの近くにいると石化させられることを学習したのか、近くまで距離を詰めることはなかった。透による放水の矛先はドラゴンとなり、サジンだけに構っているのも難しくなる。
「助かりました、ゆうり! もうどうしようかと思ってたところです」
「魔力の負担じゃなくて身体が疲れているだけだったら、俺のスキルで治療できる。あと一踏ん張り頼むぞ」
優利のおかげで本調子を取り戻したサジンは、改めてドラゴンをどう倒すべきかを考える。透のスキルは通用してはいそうだが、放水に対して火炎の息で応戦されたり、水のイルカによる体当たりも有効では無さそうだった。
安子も内部が露出した尻尾を狙ってはいるが、決定打を与えるまでには至らない。
「あの生命力をどうにかするには、僕がやるしかない」
自身の魔力を増幅させること。コントロールが難しいうえ、溢れた魔力は身体に大きな負担をかけるが、それを承知で使わなければ、この場を切り抜けることはできないと考える。
透と安子が引き付けてくれている間に、増幅の負荷をいかにして減らすかを思考する。身体から魔力が溢れて負担をかけるなら、溢れる前に使い切るのはどうか。一刻も早く試すため、サジンは再び剣を構えた。




