力の背比べ
部隊の多くを構成していたのは、赤い肌に人間より小柄な体格をした魔物、デーモンや悪魔の下位種であった。ドラゴンの号令によりこちらへ攻撃を開始したのは地上の魔物だけでなく、空中からも襲いかかってくるようだ。
飛び上がった魔物の集団を見た時、サジンはその手に弓らしき武器を持っていることに気がついた。空から一方的に射抜かれてしまえば、こちらの身体はどうなるかわからない。
一瞬の決断が命を左右する。もはやサジンに躊躇いはなく、自分の魔力をできる限り増幅させ、溢れる前に魔物たちへと放つ。剣を杖のように大きく振り抜くと、空中に浮かぶ魔物たちが次々と石になっていく。
「ぐうっ、まだ、まだ!」
使いきれなかった魔力が全身から溢れ、耐え難い痛みを受けるサジン。しかし、即座に空中の魔物を石化させたことは、戦局に大きな影響を与えたようだ。
「降ってくるぞ! 避けろ!」
浮力を失い、石の塊となった悪魔が地上へと降り注ぐ。つい先程まで意気揚々と弓を構えていた部隊が、灰色となり雨のように地上へ落ちるのだから、地上の魔物は恐怖を抱いていることは間違いない。
「戦う気がないなら撤退してください! 石にしますよ!」
どの魔物にも聞こえるように全力で叫ぶサジン。しかし、返事をするかのようにドラゴンが咆哮を発し、混乱した魔物たちは正気を取り戻す。脅して引き返すような魔物はいないらしい。
数の全貌が見えないが、人間四人に対してかなりの数の魔物を用意してきたことは間違いない。できることなら、大半を石化させて動きを止めたいが、対象が多すぎてこちらにも増幅させた反動が来ることだろう。
試しに黒いドラゴンにも石化を試してみたが、良くて一瞬動きが止まる程度で、通用するとは言い難かった。他の魔物とは別格であることは確実。楽して勝利を収めることはできない。
「スキルの強さはあたし以上かも。集団に対してお兄ちゃんはめっぽう強いね」
「全員が全員馬鹿みたいに強いわけじゃないってのは、人も魔物も一緒みたいだな。ドラゴンみたいな化け物だらけじゃなくて助かったよ」
ドラゴン側からすれば、配下の魔物をけしかけても、すぐに石にされてしまう。暴れまわることで仲間に被害が出ることを危惧しているのか、現状目立った動きを見せていない。膠着した状態が続いていた。
少しの沈黙の後、向こう側から動きを見せた。ドラゴンの細長い尻尾を床に叩きつけると、石になった仲間を抱えながら、ぞろぞろと魔物が引き返していく。
「我が出る幕ではないと思っていたが、想像以上にやりおるな。その力、石の国のものだろう。やはりあの地は手中に収めておくべきか」
この時、サジンの中でいくつかの疑惑が線となるようにはっきりと繋がった。石の国を侵略するため、サジンの父からエネルギーを集めていた魔物も、その上位のデーモンも、皆このダンジョンから来たに違いない。
源蔵が言っていたこちらの世界を侵略しようとするダンジョンも、十中八九この国だろう。世界を守るとは言えなくとも、やらなくてはならないことがはっきりした。
「あなたを倒してどれだけ事態が好転するか分かりません。ですが、はっきり分かりました。ここで止めないと、守りたいものを守れなくなる」
「枷となる配下もいない。世界を繋げるべく王より力を与えられた我が、直々に相手をしてやろう」
大きく息を吸い込んだドラゴンは、サジンに向けて体勢を合わせている。口の周りの空気が熱気でゆらゆらとしているのを見るに、火炎がこちらへ飛んでくるのは明白。
口が下がった瞬間に、地面から石の柱を伸ばすサジン。かまわず火球が発射され、防ぎきれるか、避けるべきかを一瞬様子を見る。が、強度が足りずに直撃を受けた柱は音を立てて崩れていく。
「水よ!」
透の作り出した水がさらに火球を足止めし、どうにかサジンへ届く前に防ぐことができた。魔力を増やさずに作り出した石の柱など軽々と粉砕する破壊力、どう対処するべきか考える間もなく、次の火球が飛んでくる。
「防がないと……っ!」
今度は自分の魔力をほんの少し増幅させ、強度を増した石の壁を作り出す。どうにか相殺できる程度の強度まで高めることができたが、これでは火を受け止めるだけで日が暮れてしまいそうだ。
安子、透、サジンの三人のうち、誰でもいいので攻勢に出なければ勝ち目はない。攻撃が最も通用するのは誰か。各々が考えているうちに、相手は次の一手を放ってくる。
翼を羽ばたかせ、ふわりと空中に浮かんだドラゴンは、両前足を思い切り叩きつけようと、急降下で地面へ向かう。やはり厄介に思われていたのはサジンなのか、狙いはそちらに向かっていた。
飛び退いて間に合うか。足に力を込めたサジンだったが、地面を蹴る前に身体が動く。
「この速さ想像以上! でも、うまく使えば超便利かも!」
凄まじい速度でサジンを抱えた安子が、そのまま物理的に距離を取ることで回避に成功した。増幅の力でより身体が動くようになったのか、とサジンが理解した時、大地が大きく揺れる。叩きつけられた両前足が地面を砕き、平坦な地形が変化していく。
「単純な力は本当にめちゃくちゃですね……!」
ドラゴンの力に驚くサジン。安子にそっとお礼を言うと、そのままドラゴンの腹部へと滑り込んでいく。鱗に覆われた身体のうち、どこか露出している部分はないか。残念ながら腹部も鱗だらけだったが、通用することを願って目一杯の力で斬りつける。
だめか、と声を漏らすサジン。押しつぶされないよう駆け抜けると、そのまま姿勢を整える。切れ味か、刃を突き立てる力が足りない。自身の力を増幅させればどうにかなるかもしれないが、こんな集中できない状況ではコントロールが難し過ぎる。
「サジン! 尻尾が来るぞ!」
サジンは優利の声を聞き、床を薙ぐようにこちらへ向かう尻尾への対応を急ぐ。薙ぎ払うなら、飛んで避けるか。この時、こちらへ向かってくる力を利用すれば、有効打を与えられるかもしれないと考えた。できるだけ高くジャンプすると、握っていた剣を規格外の大きさへと作り変えていく。
「これだけ大きければ!」
重さに加え、相手の勢いもある。十分だと判断したサジンは、そのまま巨大な刃を振り下ろす。
凄まじい轟音と共に、同時に石の刃も砕けてしまったが、破壊力は十分だったようで尻尾の先端が千切れている。
「グワアーーッ!」
尻尾を震わせながら、その巨体が跳ねる。声にならない叫び声をあげ、ドラゴンが恨めしそうにサジンを睨みつけた。その眼光は怒りに燃えている。
「悪魔の兵たちよ! 今再びこの場に舞い戻れ!」
あまりにも大きな音で叫んだため、四人全員が耳を塞ぐことに必死になっていた。雄叫びが止んだ時には、もう一度ぞろぞろと魔物の兵隊たちが木々の隙間から現れる。
「どこに隠れてたのか知りませんが、もう一度石に!」
サジンが石にしようと視界を兵隊たちに向けるが、同時に火球がサジンへと襲いかかる。
「考えが変わった。我が配下を石にする隙をも与えず、貴様らをこの場で始末してやる」
位置が悪く、サジンと優利たちはドラゴンに分断される形となってしまう。合流するか、このまま戦うか。判断することすら許さないと言わんばかりに、サジンへ竜の牙が襲いかかるのだった。




