戦いのとき
「我が国の民を巻き込むのは本意でない。この遺跡は街にも近く、争えば被害が出るやもしれぬ」
「人間の方には散々言っておいて、えらく勝手ですね。でもまあ、僕は無関係な住民まで手にかけたくありません。多分、みんなも同じだと思いますが」
「急に振らないでよー! ま、まあ、私もそんなところだけど」
安子が代表して答えてくれた。結果的に不利になるかもしれないが、サジンにとって、魔物も人間も違いはなかった。被害が出るのを抑えるためにも、提案を飲むことに決める。
「我らの部隊が近隣の住民に避難するよう呼びかけよう。それまでに少し時間を与える。愚かにも戦う意志が残っていたのなら、この場で再び相まみえるとしよう」
「……分かりました。行ってきてください」
サジンの言葉に反応すると、ドラゴンは翼を羽ばたかせ、一気に上空へと飛び上がった。サジンたちは風圧に耐えながら、どこかへ飛び去っていくドラゴンを見送る。
緊張感を抱きながら、これからどうするかを話し合う必要がある。まず、サジンが会話を切り出した。
「勝手に話を進めてしまってごめんなさい。でも、ああいった類とまともに会話できるのは僕だけな気がして」
「謝らなくていい、その判断は正しいよ。あいつの言ってた通りなら、ここに残ってると戦うってことになるんだろ? 勝算はあるのか?」
「奴は図体も大きく強靭な魔物ではありますが、あくまで生物としての強さに留まります。女王のように、めちゃくちゃな魔力を持っているわけではないと思うので、なんとかなるんじゃないかなと」
「いや、ドラゴンってだけで魔力とか関係なく相当強そうに見えるんだが、その辺は気にしないのか……?」
強さの基準が若干ズレているサジンからすれば、黒いドラゴンは四人がかりであればなんとかなる相手らしい。それはそれとして、サジン以外の三人に戦う意志があるのか、聞いておかなければならない。
「恐らくここで戦わないと、こちらの世界に攻撃を始めるでしょう。どちらにしろ攻撃されるかもしれませんが、ここで勝つことに意味があると思います。あのドラゴンを止めないと、危ないことは確かです」
「言動がもうダメだよね。自分の国のためなら、襲う気マンマンって感じ! 怖いけど、止めないとマズいよ!」
「あたしも安子先輩と同じ。正直、すっごく怖いけど、ここに来たんだったら、あたしたちにやれることをやらないと」
安子と透はそう言うと、優利の方をちらりと見る。視線に気がついた優利は、自分もそうだと言いながら、考えを話してくれた。
「俺は二人みたいに強化してもらっても戦えないけど、役立てることがあると信じて残るよ。誰かが怪我するかもしれないしな」
サジンは三人の意見を聞いて、もし戦えないようなら、先に魔法陣を起動して帰ってもらうよう考えていたことを恥じた。彼らが信じてくれるなら、自分も皆を信じるべきだと考え直す。
「みんな、聞いてください。色々経験したおかげか、魔力をもっとうまく操れるようになった気がするんです。なので、前みたいに直接触れなくとも、力を増幅させられると思います」
「すごいじゃん! それっていいことだよね」
「ええ。ですが、元々魔力を扱うとおるはともかく、あこのスキルは身体を強化するものです。もし身体がついていかないと感じたら、すぐに伝えてくださいね」
「わかった! すっごい強くなっちゃうってことだね!」
実戦経験の乏しい学生を、強力なドラゴンとも戦えるように強化するのは、相応の魔力が必要になる。サジンは源蔵の言葉や、魔法陣のコントロール、上級のデーモンとの戦いで、自分の魔力を増幅させた時の感覚を養ってきた。
そうしてみると、ふと、自分の力が特別であることを改めて実感するサジン。源蔵の言っていた、世界を救うほどの力というのは、あながち間違いではないのだろう。
相手の出方を警戒していると、サジンはぞくりと背筋が震えるのを感じた。こちらに向かってくる敵意、そして気配の多さに驚いたのだ。
「時間を渡したのは間違いだったかも。どうやら沢山の仲間を引き連れて来るみたいですね」
サジンがそう言うと、気配だけではなく、地面の振動や、規則正しく揃った足音が微かに聞こえてくる。魔力を感じることに疎い他の仲間も、こちらに集団が向かってくることを察したようだ。
馬鹿正直に待つよりも罠の1つでも仕掛けておくべきだったか、と考えたサジンだったが、今になってはもう遅いだろう。
足音はさらに近づいてくる。黒いドラゴンも敢えて飛ぶのではなく、歩調を合わせて威嚇するように歩いてきているのだろう。ズシン、ズシンと恐怖を煽るような一定のリズムで、こちらへと向かってくる。
「一人も逃げていないようだな」
先陣を切って現れたのは、黒いドラゴンであった。幾多の魔物を引き連れていることは気配で分かったサジンであったが、全員を相手にしてみせると意気込み、怯む様子を見せない。
「近隣住民の避難を終えた。人間の世界へと出撃する部隊も準備を終えている。もはや貴様らがどうしようと関係のないことだが、言い残すことはあるか?」
「聞きたいことはとてもありますが、一々答えてくれるんですか? 最近こちらの世界にちょっかいをかけているのもあなたたちなんでしょう」
「我が王はその魔力を使いどうにか世界を切り離し、配下を人間の世界に送り込んだ。が、明確に繋がりを作れたのはその魔法陣のみ。お前たち人間が利用して良いものではないとだけ言っておこう」
やけに喋ってくれるんだな、とサジンは思った。このドラゴンが言っていることと、人間の世界で起きたことは繋がっているのは確実だろう。唯一ダンジョンの主がいない場所も、魔物の世界から繋げることに成功したため生まれたのだ。
「大人の探索者たちは本格的に攻撃されるだなんて思ってないはず。連絡手段も無いし、ここで止めないとまずいか」
「同感です。やれる限り、全力でいきます」
石の剣を作り出し、構えるサジン。もう話すことは無いと言わんばかりに、ドラゴンへ刃を向ける。相手が雄叫びをあげ、人間四人を捕らえるべく、魔物の軍勢が迫りくる。
「かかれぇーっ!」
竜の怒号にも似た声が拡散する。ここで絶対に止めてみせると、硬く剣を握りしめるサジンであった。




