黒衣の竜
魔物から言われた通り、しばらくその場で待っていたサジンたちだったが、何も考えていなかったわけではない。まだダンジョンに入ってそれほど時間は経っていないが、撤退するかどうかを決めたり、そもそもじっとして待つのかどうかを話し合ったりした。
「どうぞ、取ってきました。こっちの世界では特段珍しいものではないですが、これが必要なんですか?」
「ありがとう。よく考えたら大発見だぞ! こんなダンジョンの素材なんて、滅多に取れないだろうからな。まあ、持って帰れたらの話だけど」
「不安になること言わないでよ~! でもでも、こういうところから採取してバレないかな?」
「大丈夫でしょう。枝や植物を持って帰っても、怒られはしないはずです」
優利に収集した植物を渡すサジン。安子は心配そうに見ているが、これも調査の一環だ。優利が言うには、こういった植物も必要になるかもしれないとのことで、待っている間にサジンが取ってくることになった。
流石に堂々と集めるのは気が引けたのか、目に入った範囲のところですぐに取れるものを持ってきたらしい。これで、収穫無しという状況は避けられた。
「これも調査の一環、しっかり見ておかないと。……あっ、先輩方! あの魔物が戻ってきましたよ」
透がそう言うと、探検隊の視線は一箇所に集まった。先程のオークがこちらに向かってくるのが見えるが、あまり明るい表情には見えなかった。
「ぜえ、はあ。あんたらに用事があるって、もうすぐ帝国のお偉方がこっちに来るそうだ。おっかないから俺は行くよ」
オークはそのまま走ってどこかに行ってしまった。話によればここに誰かが来るようだが、内容に疑問が残る。
「帝国のお偉方? 偉い魔物ってことだよな」
「やはりただのダンジョンと繋がっていたわけではないようですね。どれほど広い国かは分かりませんが、少なくともこちらと関わりがあった場所ではなさそうです」
偉い魔物が会いに来る、となると、無視するのも敵対される恐れがある。優利はこの場に残って待つことを提案したが、例の魔物がやって来るまで、そう時間はかからなかった。
サジンが強力な気配を感じ取った時には、もう既に上空で浮かぶ魔物の影が見えていた。草木が風圧で揺れ、探検隊の皆も油断すると吹き飛ばされそうなほどの強風が巻き起こる。その魔物が地面に着地した瞬間、全員がぐらつく地面に姿勢を崩しそうになった。
「まさか、こうして目にする時が来るなんて。こんなところで出会う種族だとは思いませんでした」
「俺の見間違いじゃなければ、ドラゴン、だよな……? 空想の生き物じゃなかったのか」
全身を覆う黒光りする鱗、四足の先に見える強靭な爪、一度羽ばたくだけで烈風を巻き起こす巨大な翼。生物としての格が違うことなど一目で分かる。圧倒的な存在がそこに居座っていた。
「我が王の指令により参った。人間が現れたと聞いたが、貴様らがそうに違いないな」
サジンの知識では、ドラゴンが何かに仕えるなど聞いたことがなく、目の前のドラゴンは特別な個体だとすぐに察した。加えて言葉を話す知性まであり、どこまで自分たちのことを把握されているか不明であることから、サジンは率先して前に立ち、自分に注目を向けさせることにする。
「僕たちはこの魔法陣から来ました。あなたが何もしないのであれば、そのまま帰るつもりです」
「それはできん。既に魔法陣の機能は止めている。貴様ら人間は、我々の侵略に協力しなければならない。このまま何もされず帰れると思わぬことだ」
「こんな迷い人に協力を求めるなんて、よほど切羽詰まっているようですね。あいにくですが、有益なことは何も知らないし、できないと思いますよ」
「面白い冗談だ。貴様以外の人間からは、手に取るように恐怖を感じられる。下位種の魔物が上位の魔物に怯え縮こまるように自然なことだ。だが貴様はどうだ? 我に対して恐怖を抱かぬ生物が、ただの迷い子に見えようか」
強者の放つプレッシャーに対して、怯む様子を見せないサジン。死と格上の魔物に慣れているためだが、流石に怪しまれていたので、もう少しぐらいは怖がるべきだったかと後悔する。
それでも、いいようにされないためにも、毅然とした態度を保つほうが重要だとサジンは考える。戦いは既に始まっているのだ。弱みを見せないため、自分がこの舌戦を制するのだと、息を整える。
「僕が変なのはよく言われるので気にしてないです。要件はなんですか?」
「我が国の領域を広めるため、人間の世界を利用したい。貴様らには体内にデーモンを宿し、向こうの世界へ運んでいく役割を与えよう」
「……嫌ですよ。まあ、もし嫌がったら、僕たちを殺すんでしょう」
「この世界での死は向こうと全く違うことを知らないのか? 貴様らを殺すことなど造作もないが、魔力ある限り生き返るだろう。拒否するならば、別の考えがある」
「別に言わなくていいです。碌でもないことは分かってますから」
「いや、聞かせねばな。貴様らが人の世界を懸けてここに居るという責任を背負わせるべきだ。拒否するなら、”向こうの世界で”生命を殺そう。ありとあらゆる命を奪い、その力で領域を増やすのだ」
直接人間の世界に赴いて、暴れ散らかすことを仄めかしているのだろう、とすぐ分かった。上位の探索者であれば対処はできるだろう。しかし、被害を抑えることは難しい。女王がやって来た時は様子を見るだけに留まったが、こちらのドラゴンは何をしでかすか分からない。
「そんなことをすれば、人間も黙っていませんよ。無駄に争うことは避けるべきじゃないですか?」
「人間の世界を手に入れることまで王は望んでおらぬ。他の中立国を支配し、武力をより強固にするため、人間の世界を利用するのみ。こちら側に来ることのできぬ人間が騒いだところで、大した影響は無いだろう」
大分舐められているな、とサジンは感じていた。帰る手段となる魔法陣が機能停止し、ダンジョンの主が見当たらない以上、どうにか平和的に解決したいところだが、戦いは避けられないかもしれない。
「みんな、戦えますか。ダメそうなら隠れていてください」
「いやまあ一応戦うけど、あれとやるってのか……」
全員離れはしなかったが、乗り気ではないのが正直なところだろう。
「貴様らを屠るのにふさわしい場所がある。戦うのであれば、場所を移すとしよう」
黒いドラゴンがそう言うと、サジンは反射的に答える。
「嫌です。何かこの場所で戦う不都合があるんですか? 僕たちは今ここであなたを倒すつもりです」
あえてなのか、相手を煽るサジン。ドラゴンの方にも意図があることを察し、うまくこちらに利がある状況に持ち込もうと作戦を練るのだった。




