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人跡未踏の地

 床に手を置いたサジンは、魔力を増幅させる力を使う。しかし、特に変化は無い。なら別の手段はどうかと、直接自分の魔力を注ぎ込み始めた。


「あーっ! 床に模様が出てきた!」


 いち早く安子が気がついたようだ。サジンの予想通り、この空間は魔法陣の”出口”として使われていたようで、床が目に見えて変化を起こしている。


「お兄ちゃんの力に反応したってこと?」

「言葉にするのは難しいですが、この魔法陣を無理やり動かしている状態です。本当は出口として用意されたものでしょうけど、今ならどうにか反対側へ向かえるかもしれません」


「わざわざ敵陣に乗り込むのは危険過ぎる。俺は大人を呼ぶべきだと思うんだが、サジンを見た感じ長くは持たないな」

「よくわかりますね、ゆうり。実は力のコントロールが難しすぎて、すぐ身体に支障をきたしそうになっちゃうんです」


 常に力を注ぐ必要があるため、サジンは自身の魔力を器用に増幅させながら調節していた。油断をするとすぐに体内に耐えきれない量の魔力が溢れ、ダメージを負いかねない状況だ。これをどうするか、判断を急ぐ必要があった。

 大人を呼ぶには多少歩く必要があり、その間ずっとサジンに調節を強いられる。かといってすぐさま突入しようにも、繋がっている向こう側の情報が少なすぎて、危険が伴うことは明らかだ。


「みんな、悪いんですが、ちょっと急いで決めてほしいです。調節が難しいのと、向こうが気づいて魔法陣を壊す可能性があります」

「行かない判断でも問題ないが、壊されたら調査が後手に回るままになる。でも俺たちは学生だしな……」


「何かあったら僕がみんなを守りますから、行くか行かないかだけ決めてください!」

「……よし分かった。行こう! サジン、全然わからんがこういい感じに頼む!」


 優利からものすごく曖昧な指示を受けたが、実際サジンがどのように調節をしているのか分からないのだから、こう言うほか無かった。さらにサジンもこういった仕組みについては素人、勘でうまく起動させるしかない。


「集まってください! どこでもいいので僕を掴んで!」


 万が一離れないために指示をして、服やズボン、腕を掴まれたのを確認したサジンは、魔法陣に十分な魔力を込める。すると、床の模様が奇妙な光を発し始めた。

 サジンたちが陣の真ん中に居座っていると、ダンジョンから脱出する時と同じように、身体が光に包まれていく。魔法陣が一瞬強い光を発したと思えば、もう洞窟に四人の姿はなかった。



 ──



 何かあったら皆を守ると言った以上、サジンは周囲の変化に気を遣い続け、瞬きも我慢するほど真剣に情景の変化を見届ける。それでも、転移する瞬間を見届けることはできず、いつの間にか景色が変わっていた、という結果となった。

 サジンはどこか懐かしく、戻ってきたな、という感覚すらあった。待ち伏せされていることを加味して警戒を続けていたが、転移した直後に攻撃されることはなく、敵より先に風景を目にできた。


「なあ、さっきまで洞窟に居たのに、なんでこんな場所に居るんだ……?」

「洞窟から転移した先が洞窟と決まっているわけではありませんよ。上を見てください。これが、魔物の世界──ダンジョンの空です」


 青く、現実と似たような色をしているが、どこかくすんだ空が、そこにはあった。

 三人が空を見上げている間、サジンは現状を把握すべく周囲を見渡す。人の世界と雰囲気の異なる木々に囲まれている。そして、自分たちは地面から数センチほど盛り上がった石畳の上にいた。


(多分行ったことの無い国だ。見張りがいないのは不思議だけど、すぐにバレるかもしれない)


 見える範囲に魔物がいなくとも、気配を感じることはできた。こちらに向かってきている。サジンは三人に警戒するように伝えると、木々の隙間から声が聞こえてきた。


「だーかーらー、何もしてないのに壊れたんですって! ほら見てください! 起動していないのに光を……え?」


 現れたのは、下級のデーモンと、緑の肌で小太り気味な風貌に、豚のような鼻を持つ魔物が一匹。デーモンが文句を言っていることは理解できたサジンだったが、判断は既に倒すか、倒さないかの域に達していた。


「に、人間だ……えっと、こういう時どうすれば……?」

「待て待て、誤作動を起こして迷い込んだだけかもしんねぇだろ。ちょっくら話を聞いてくらぁ」


 案外理性のある行動をするんだな、とサジンは思った。二匹の魔物に気がついた三人は、小声でどうするべきか意見を交換し合う。


「あれ、オークだよね? どうする?」

「なんか無警戒にこっちに来てるけど、敵か判断しづらいな。武器も持ってないし」


 安子と優利は困惑を隠せず、やはり不安に感じているようだ。サジンは二人を安心させるべく、自分の考えを話す。


「大丈夫です。何かしてきたらすぐ奴の全身を石にしますよ。格下の相手ですのですぐやれます」

「お兄ちゃんってなんかアレだよね。ちょっとズレてるよね」


 妹から全く平和的でないことを突っ込まれたサジンだったが、守ると約束した以上何をしても守り抜くつもりではあった。サジンは三人を後ろに隠し、オークと向かい合う立ち位置へ移動した。


「おうおう、人間がここに何の用だい。あれかい、サジンってやつらかい」

「そんなところです。あの、この魔法陣に詳しい方を連れてきてもらえませんか」


「あー、やっぱ誤作動か。こりゃ上に知らせねぇとな。ちょっと待ってな」


 すたすたと帰っていくオーク。焦るデーモンに話しかけると、デーモンがどこかへ飛んでいった。オークもそれを追うように木々の奥へと進んでいく。

 何やら勘違いされているかもしれなかったが、敵対されていないのは幸いだった。しかし、このまま事故として処理されるならば、調査などできたものではないだろう。


「どうするの? 悪い魔物じゃなさそうだったけど」

「僕も現地の住民を倒すようなことはしたくありません。言われた通り、ちょっとだけ待ってみましょう」


 安子の言っていたように、最初から襲いかかってくるような凶暴な魔物と違ったため、三人は対応に困っているようだった。しかし、サジンにとって理性のある魔物、ない魔物の区別はついている。自分が率先して守らねばと、張り切るサジンであった。

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