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入隊希望の知らせ

 朝は慣れない食卓での食事や着替えを終え、昼は母親と様々な生活用品や服を通販サイトで注文し、これからの準備を整えた。お金を払えば商品が届くという仕組みを理解できていないサジンはずっと頭にはてなを浮かべていたが、ひとまず母の言葉通りに色々な物を選び、注文してもらった。

 そして、時刻は夕方。透が家に帰ってきて、屋内が少し賑やかになった時、リビングへ置かれた受話器に、一本の電話がかかってくる。探索者地区の施設からだと確認した母は、すぐにその電話をとった。


「はい。翔に。……いえいえこちらこそ、お礼を言わせてください。……はい、はい、では伝えておきます」


 自分に関することなのか、とサジンはちらりと母の方を見た。少しした後、受話器を置いた母は、サジンに向けてこう話す。


「九条優利君が翔に用事があるみたい。地区まで会いに来てほしいそうだけど、どう?」

「ゆうりが? 分かりました、行ってきます」


 肩掛けカバンに地図を入れ、念のためと渡されたペットボトルのお茶も入れ、簡素だが準備を終えた。とてとてと玄関に向かうと、見送りに来た母と一緒に透もついてくる。


「あたしも行こっかな。今日は宿題少ないし、お兄ちゃんの探検隊も気になるし」

「透も行くの? あんまり遅くまでお出かけしちゃダメだからね?」


「はーい。ほら、じゃあ行こ行こ」

「そういう感じについてきていいんですか……? いえ、一緒でも全然いいですが」


 地区まで徒歩でもあまり時間がかからない距離であるからか、透も施設を利用したりすることがあるらしい。まだお互いに思う所があるのか道中の会話は少なかったが、二人並んで探索者地区へと向かった。


 サジンが到着する頃、地区は下校する学生や探索者たちで賑わっていて、活気に溢れていた。人気の少ない昼間や夜の印象が強かったサジンは少し驚いたが、透が言うに、これぐらいは普通とのこと。


「あれ、テレビに出てた和泉透ちゃんじゃない?」

「隣は誰だろ? 保護者の人にしては若いよね」


 そう、噂話が聞こえるほど賑やかだった。平和なのはいいことだと言い聞かせるが、誰かにじろじろと見られる感覚というのは慣れないものだと、サジンは肩をすくませる。一方の透は、話題に挙がっていても堂々としているようだ。


「とおる、こういうのには慣れてるんですか? 何だかいつもより視線を感じます……」

「あたしの兄なんだからしっかりしてよね。これぐらいなんともないから」


「うう、やっぱりちょっと人が多いのは苦手です」

「お兄ちゃんって魔物と人間相手じゃ全然態度が違うのね……」


 妹に呆れられるサジン。魔物相手なら対応が慣れているが、未だに同世代の人間と関わること、しかもこれだけ多くの人に囲まれるというのは、どうしても緊張してしまうものらしい。


「ゆうりたちは校舎の空き教室で待ってるらしいので、早く行きましょう」

「はいはい。あたしも将来ここに通うし、下見しておかないとね」


 向けられる視線を我慢しつつ、気持ち早めに学校へと足を進めるサジンたち。到着するまで声をかけられることはなかったが、それでも嫌というほど注目されたようだ。心なしか、しなびたような印象を与えていた。

 学校の内部というより、そもそもこういった施設の中を歩き慣れていないサジンは、透の手助けを受けながら、今回の待ち合わせ場所へと向かっていた。どこも同じような景色が続くため、透に本当に合っているのか質問するのだが、その度に白い目で見られている。


「ここみたい。お兄ちゃんが開けてよね」

「こういう場所にも慣れないとですね……失礼します」


 言われた通りにドアを開ける。教室の中には、安子と優利、それと教壇の方に連が立っている。見慣れた顔にほっとするサジンであった。


「来たか! えっと、翔……だったっけ」

「サジンでいいですよ。言われ慣れてますし」


 優利に対してそう返すサジン。当然、ついてきた透にも質問がされる。


「そっちの子は? どこかで見たことあるような」

「和泉透です。兄の付き添いと、入隊希望で来ました」


 透はいつもと少し違う声色でそう返答した。完全によそ行きの態度である。サジンは妹の変貌っぷりに目を見開くと、透が肘でサジンの腹を小突く。あまり言及はしない方が良さそうだ。


「えーっ! テレビで見たよ! 小学生でティア3になった探索者だよね!」

「はあ!? 小学生で!?」


 驚く安子と優利。透は笑顔を崩さず、兄がお世話になっていますと言い、ぺこりとお辞儀をする。慌てて向こうの二人も頭を下げた。肝心の本題に入らないと思ったのか、連が手を叩いた後に話を切り出した。


「ちょっと大所帯になって大変だけど、色々知らせなきゃいけないことがあるんだよね。じゃ、優利君から」

「あっ、そうでした。サジン、父さんからサジンに会わせてほしいって連絡があったんだ。連絡なんて滅多にないから驚いたんだけど、もしよければ一緒に来てほしくて」


「優利のお父さんにですか? 僕は大丈夫ですが」

「この後に俺と二人でじいやの車に乗ってくれ。サジンはついてくるだけでいいから」


 分かりました、と頷くサジン。続いて、連からもさらにお知らせがあるようだ。


「じゃあ次は俺だね。今後あゆみ隊の顧問として所属することになりましたーぱちぱち! 正式じゃないけど、まあサジン君関連の観察、もとい調査のためだね」

「さらっと言ってるけど、色んなところから相当ゴネられたらしいよ……」


 安子がひそひそと話す。ティア1の探索者が形だけでも零細探検隊、しかも学生しか所属していない場所に所属するというのは、前代未聞の出来事だったようだ。


「大人の方々は色々うるさくてね。やれちゃんとした所に行けだの、働けだの面倒なんだ。でも、それを突っぱねるぐらいの価値がサジン君にはある……と! 俺は思ってるよ」

「あはは……。だとしたらいいんですが」


 それだけ期待されても、自分には何もできないと話すサジンだったが、連は現状に納得しているようだ。そして、透の言葉を覚えていた連は、話題を彼女に振った。


「噂には聞いてるよ。期待のルーキー和泉透さん。入隊希望に関しては問題無いけど、二人にも話を聞いておいた方がいいかもね」

「新田さんに加えて天才少女まで!? 突然過ぎてびっくりだよぉ」


 そう話す安子だったが、一応お姉さんとして振る舞いたいのか、表情を整え話を続ける。


「でもでも、うちで本当にいいの? 学生の探検隊は他にもいっぱいあるし、透ちゃんなら実力ナンバーワンの”ルインシア”にも入隊できると思うよ?」

「確かに、将来は規模の大きい探検隊に入りたいと思ってましたが、お兄……いえ、兄のいる所が気になって」


「基本、すっごい暇だよ? サジンくんが来たからマシになったけど、経験を積みたいなら他の方がいいんじゃないかなぁ」

「大丈夫です。新田さんの言う通り、兄と同じ探検隊ならきっと良い経験になると思いますから」


 いかにも優等生な態度で振る舞う透。安子は「ええこじゃ……」としか発声しなくなり、優利も困惑しているが入隊することには反対しないようだ。

 しかしながら、サジンは透の発言が少々気になった。自分といれば良い経験になるというのは、デーモンに襲われたことも一種の糧だと考えているのだろうか。極力巻き込みたくないと思っているサジンだったが、透にとっては全く問題ないのかもしれない。


「じゃあ、安子と和泉ちゃんはセンターに言って所属の手続きをしておいてくれ。俺とサジンは父さんの所に行ってくるよ」

「がってんしょうち! ちゃんとお姉ちゃんが面倒みるからね!」


 こうして、サジンと透は別行動を取ることとなる。親への連絡は連がしてくれると聞いたサジンは、安心して優利についていくのだった。

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