ショーの時間
『お師匠、僕の他人の魔力を増やす力を、どうして自分に使ったらダメなの?』
『増えた魔力を使ってまた増えて、それがずっと続きます。すごい力になってしまうからですよ』
『それって、最強じゃん! なんでダメなの?』
『いいですかサジン。それが例え一瞬、わずかな時間でも、行き場のない魔力は身体に絶大な負荷をかけます。あまりにも危険すぎるのです』
──
(ひ、久しぶりにやったけど、やっぱりめちゃくちゃキツいな)
サジンの家はドーム状の石に覆われ、透を守るように石の壁が立ち、サジンの倒れている地面から中心に路面が石化している。一瞬の出来事だった。まばたきを二度したぐらいの速度で、それが行われていたのだ。
魔力を増やす力を、自分に使った結果だった。ほんの一時で、魔力を使わなければいけなかった。それでも、身体は全力で運動をした後のような疲労感と、強く頭をぶつけたような気分の悪さを味わっていた。
「なんだこの力は……? ぐっ、翼が動かない」
「はあ、はあ。そこだけしか無理でしたか」
手に握った剣を杖代わりにして、どうにか立ち上がったサジン。まだ頭がふらふらとするが、それでも戦いはまだ終わっていない。目の前の脅威を排除するまで、倒れるわけにはいかなかった。
「サジン、見ず知らずの人間にどうしてここまでするのです? 自分を犠牲にしてまで守るほどの価値があるのですか?」
「そんなのわかりませんよ……一々説明しなきゃダメですか? 今日再会したばかりです、ほとんど覚えてないので正直思い入れもありません。でも、これから作っていく思い出とか生活を奪おうとされるのは、嫌なんですよね」
サジンは自分の気持ちを正直に語り、剣を構える。恐らく、次の攻撃を受け止めることはできないだろう。そんなサジンに向けて、容赦なくデーモンは殴りかかる。しかし、デーモンの攻撃は、またもや邪魔されることとなった。
「もう大丈夫! イルカちゃんお願いっ!」
デーモンに向けて水の塊が飛んでいく。サジンはその塊が生き物を模しているということを理解することに気がつくまで、コンマ数秒の時間を要した。水の生き物が尾ひれを叩きつけると、デーモンは悲鳴を上げる。
「ぐわあああっ! 熱い! 痛い! なんだこの水は!」
「あたしの水は魔物に効果バツグンなの。準備にちょっと時間がかかるのが難点だけど」
隠れていたはずの透がサジンの隣に立った。デーモンの皮膚はじゅうじゅうと音を立てながら、煙を上げている。石の剣では今ひとつだったが、この水による攻撃は効いているようだ。
「あたし、翔お兄ちゃんのこと嫌いだったの。勝手にいなくなって、家族もみんな暗くなったし、急に帰ってくるし」
「それは……ごめんなさい」
急に何を言い出すのか、と言いそうになったが、サジンにそんな体力は残されていなかった。しかし、言葉とは裏腹に、透はサジンの腕を肩に回し、支えるように立った。
「でも、これから嫌いじゃなくなるかもしれない。ここで逃げたら、ずっと嫌いになったままだし。そんなのは嫌。お兄ちゃん、しっかり掴まっててね」
透がそう言うと、二人の足元に水が湧き出てきた。完全な液体というわけではなく、どこかゼリー状の、固形のような感触であった。透が背びれのような形をした水を掴むと、サジンたちは空中に飛び上がる。
「うわあっ! なんですかこれ!」
「あたしのスキルで作った特別な水。イルカが好きだから、いつもイルカの形にしてるの」
水でできたイルカは地面に着地すると、半身を沈めながら周囲に水しぶきを撒き散らす。その水滴1つが魔物にとって有害で、デーモンは浴びる度に声を上げている。
「準備するまで守ってくれてありがと。帰ったら、お兄ちゃんの好きなことも教えてね」
透はサジンの方を直接は見なかったが、その声色は優しいものだった。
その後、道路や壁を泳ぐイルカは、体当たりや尾ひれを使った攻撃で着実にデーモンを消耗させていく。透にとってはアトラクションに乗っているようなものだったが、サジンは掴まって様子を見ることに必死だった。
デーモンの身体が徐々に小さくなっていくのを確認したサジンは、攻撃を受けて身体を保っていられなくなったのだと予想する。このまま攻撃を続けていけば、石の武器でも通用するようになるかもしれない。
「くっ、ここは一度退くしか」
「逃がすわけにはいきません。とおる、僕があなたの魔力を増やします。攻撃をさらに続けてください」
「……! 確かに、なんだか調子が良くなってきたかも!」
逃げようとするデーモンの先から、立ち塞がるようにもう一頭の水でできたイルカが泳いでくる。更にもう一頭のイルカが生まれ、狩りをするようにデーモンを追い詰める。
(翼は石になったまま。小さくなった今ならいける)
呼吸を整えたサジンは、透に一声かけイルカから飛び降りる。全力で走っていき、デーモンへと斬りかかる。すかさず向こう側も石化した翼で攻撃を防ぐ機転を見せるが、サジンの目的は斬ってとどめを刺すことではなかった。
すかさず足払いをしかけ、悪魔の体勢を崩したあと、思い切り相手の身体を蹴り上げる。身体が人間ほどに小さくなっているのもあって、ある程度の高さに打ち上げることができた。
「とおる! 今です!」
「これでショーはおしまいよ!」
三匹のイルカが同時にジャンプすると、宙に浮かんだデーモンへ体当たりを行った。全身を水で包まれたデーモンは、身体を保つことが出来ず、光となって消えていく。盛大な水しぶきをあげてイルカが着地した時、サジンは周囲を覆っていたダンジョンの気配が消えていくのを感じた。
家を覆っていた石や路面に突き立った壁を消滅させ、元の状態に戻す。どうにか、誰の被害も出さず、家を壊されることもせずに撃退することができたようだ。
「はああ、良かったぁ~。すごく怖かったけど、なんとかなるものね」
「凄かったですよ、とおる。言葉通り、あなたのスキルはとても強力でしたね」
「お兄ちゃんこそ、一体いくつスキルがあるのよ。火に、石に、力を増やすやつ……」
「ふふふ、秘密です。あんまり人に言っちゃいけないので、内緒にしていてくださいね。さあ、家に戻りましょう」
激闘を終えた二人は、何事もなかったかのように家へと戻っていく。そして、家族にデーモンを撃退したと伝えると、純一は深く深く二人を抱きしめるのであった。




