不穏の予感
サジンの妹──透が言っていることは、あながち間違いではないと、サジンは考えていた。この家に居た頃の記憶が抜け落ち過ぎていて、自分がよそ者であるという感覚すらしていた。
確かに自分がいなくなったから、父親はダンジョンに行くこととなった。家族がいなくなったことで、母親も落ち込むどころではなかっただろう。あげく、父がデーモンの標的にされてしまったのだから、家庭環境は全く良く無かったに違いない。
しかし、こうも考えられた。自分が帰ってきたことにより、父親はデーモンから解放された。母親も安心して過ごすことができるだろう。これからの生活は、これまでとは違ったものになるはず。サジンはそう思い、透に声をかけた。
「あの」
「何? 謝っても許さないから」
「僕”も”お母さんとお父さんを守ります。もちろん、あなたも守ります。なので、これからはここに居ますよ」
「……ふん。勝手にすれば」
サジンの言葉をどう受け止めたのかは分からないが、少なくとも、最後まで聞いてはくれた。離れていく透を追いかけることはせず、自分の部屋へと戻ることにするようだ。
「ごめんね、翔。あの子が本当に思っていることを言うには、もう少し時間がかかるみたい」
「いえ。大体は事実ですから」
やり取りを終えたあと、サジンは自分の部屋へと向かう。階段を昇ったり、家の中を歩く度に、懐かしさを覚えた。頭では忘れていても、どこか奥底には記憶が残っているのかもしれない。そう考えながら、自室へと入っていく。
「どうしようかな。何をしたらいいかわかんないや」
一応知識として、サジンと同じくらいの年齢をした子供は、朝から夕方まで学校で過ごし、夜は家で寝泊まりをするということは知っている。そして、学校は誰にでも入ることができる場所でないことも、サジンは知っていた。
ここ数日は訓練場に入らせてもらい、探索者がどういったことをしているのかを学んだが、ここでは流石にそういったことができそうにない。
「お師匠のから教わった修行だと、何ができるかな」
閉ざされた空間で出来ることは限られる。サジンは過去の記憶から、火の精霊の長から教わった、自分の内に秘める魔力を操り、理解するための基本の修行を思い出した。安全な場所で行う修行なので、ここならうってつけなはずだと、早速準備する。
部屋の真ん中に座り、足を組む。そして、右手の自分の胸の前に出し、人差し指を立てる。
サジンの指先に、ろうそくの先にあるような、小さな炎が現れた。普通の火とは違い、純粋な魔力で構成されているため、燃え移ったりしないうえ、熱くもない。ただ、そこに火のようなものが写っているだけ。
修行の内容は簡単だ。魔力の火は精神や魔力のブレによって、ゆらゆらとうごめく。この火を長時間、一切動かさずに過ごすというもの。サジンは”お師匠”に出会った初めの頃、よくこれをやらされていた。
(今ならいつまでできるかな)
好奇心のせいで揺れた火は、ある時を境にしてぴたりと止まった。サジンも目を瞑り、石のように動かなくなる。そして、刻々と時間が過ぎていった。
──
「ねえお兄ちゃん何してるの? ご飯なんだけど? 返事ぐらいしなよ」
「……えっ? ああ、ごめんなさい。集中していて」
とっさに窓を確認すると、もう既に日は落ちてしまっていた。指先の火を消し、瞑想を終える。
「お兄ちゃんのスキルって大したことないのね。そんな小さな火しか出せないなんて」
「未だに火の扱いは苦手ですから、なんとも。……待ってください、魔力で出来た火が見えるんですか?」
「当たり前よ。あたしは最年少でティア3になった探索者なんだから」
純粋な魔力で構成されているため、指先の火を感知できるならまだしも、はっきりと見ることができるというのは、特殊な体質であるか、鍛錬を積んだ人間にしかできないことだ。自分より年下の女の子が目視できるなんて、とこぼし、驚きを隠せないサジン。
一階のリビングに戻ると、そこにはサジンと母親、妹の他に、もう一人男性が座っていた。連の話によると、午前中に出会ったスーツの男と同じ人物のはず。男性はサジンに気がつくと、静かに口を開く。
「……なんとなく、そんな気がしてたんだ。おかえり、翔」
「ただいま、です」
取り憑かれていた時と違い、少しだけ生気が感じられる。体調に問題がなかったことに安心したサジンと、息子が帰ってきたことに安堵する父親は、どちらも似たような表情を浮かべていた。
その後というものの、食卓を囲んだ四人だったが、会話はあまり多くなかった。皆それぞれ思う所があったものの、うまく会話を初められずにいる。黙々と食事を終えたサジンは、特に誰かに伝えようという意図はなかったが、一言口にした。
「こっちの料理はやっぱり美味しいですね。なんというか、元気が出ます」
それを聞いたサジンの母は、また涙を流してしまった。何かいけないことを言ったかと焦るサジンだったが、同じくして涙を流す父親の顔を見て、余計に焦り始める。
「ご、ごめんなさい。変なこと言っちゃいましたか」
「こっちこそごめんね、嬉しくって」
「はああ、お兄ちゃんがいるとまともにご飯も食べられないじゃん。ごちそうさまでした」
ため息をついた透はスマートフォンを取り出し、何か操作を初めた。ただスマホをいじっているだけなのだが、サジンからして、透がこの四角い道具を持っていることは意外であった。もしかしたら、この世界では誰もが持っているものなのかも、と不安に思うサジン。あながち間違いではない。
「あれ? なんかネット繋がらないんだけど」
透が顔をしかめながらそう語る。電波の調子が悪いのか、スマホの調子が悪いのか。サジンには理解できない現象であったが、若者にとっては死活問題である。しかし、次の瞬間。サジンは別の異変を感じ取った。
(ダンジョンの気配がする。なんで急に? いやおかしい、どこにあるかわからない)
家の中に居るはずなのに、突如としてダンジョンの気配が発生した。それも、位置が特定できず、漠然と”ある”という感覚のみしか感じ取れない。まるで、家自体がダンジョンに包まれているような、そんな段階の話だった。万が一の可能性を考え、サジンは透に1つの質問をする。
「とおる、ダンジョンの中でその機械は使えますか」
「呼び捨てにするのやめてよね。ダンジョンの中は圏外だから、スマホは使えてもネットは見れないなんて常識でしょ」
圏外。たしか優利もそんな言葉を口にしていたなとサジンは思い出した。透の言っていることはあまり理解できなかったが、圏外になるとネットとやらが使えなくなるということを学んだ。
考えをまとめたサジンが家族にあることを伝えようとした時、家の中に効果音が響き渡る。インターホンの音だ。同時に、独特の気配が外に現れる。
「こんな時間に誰かしら。──はい、どちらさまでしょうか」
母が外に居る相手へ話しかける。すると、凛とした渋い男性の声がスピーカーから聞こえてくる。
「こんばんは。和泉純一さんのお宅ですね。あなたからいただく予定だった、不幸を回収しに参りました」
どこかで聞いたような台詞を吐く。既に攻撃は始まっていた。




