実習の結末
「誰かに取り憑くというのは、よほどの力を持っていない限り、弱った人間に向けてしかできないことです。この人を一時的にとっても元気にしたので、あなたは追い出されてしまったというわけですよ」
まあ、憑き物が取れたショックで倒れちゃいましたけど、とサジンは続ける。
「くそっ、くそっ、こいつの不幸は最高だったのに!」
「あなたは下級のデーモンですね。先生から教えてもらっただけですが、その通りの悪辣な生態です」
人の上半身ほどの全長に、真っ赤な肌をした魔物。黒い角と翼に、ロープのように伸びた尻尾からして、まさしく悪魔と呼ぶにふさわしい姿だった。よほど苛立っているのか、がちがちと歯を鳴らしながら、サジンを睨みつけている。
かと思えば、突然何かに気がついたような顔をして、ニタニタと笑い出した。
「待て、貴様サジンだな? 貴様から不幸を回収するのも悪くないな」
「不幸を味わいたいなら、もう少し前に僕と会うべきでしたね。それと、あなたはもう不幸を吸うことはできません」
サジンの声はわずかに怒気を帯びていた。ダンジョンに閉じ込められて過ごしてきたサジンにとって、人に取り憑きダンジョンへ執着を持たせたであろうデーモンの存在は、許せるものではなかったようだ。
いつの間にかサジンの手には石の槍が握られている。訓練場で見かけてから、使いやすそうな武器だと形を記憶していたのだ。デーモンの胴体を一突きするべく、一気に距離を詰めるサジン。
「キキキッ、ここは引かせてもらおう。上に報告せねば──」
「その羽で飛べたら、の話ですよね」
「キッ?」
魔物が違和感に気がついた時には、既にサジンの切っ先が胴体に届いていた。正確に急所を狙っていたその突きは、一撃でデーモンを葬った。一部始終を見ていた背後の優利は、冷や汗をかき、身震いをした。
「僕は女王のようにお行儀良くありません。会話の途中で既に逃げられなくなっていたと気がつくべきでしたね」
「クソッ、まだ印は残って……ぐっ」
妙なことを言い残し、デーモンの身体が崩れていく。消滅したのを確認した優利は、今起こったことの印象を話した。
「よ、容赦なく石化を使うとこうなるんだな。正直、女王の息子ってのも間違いない気がするぞ」
それは違いますよ! と大声で否定するサジン。しかし、一般的な探索者からすれば、魔物と変わらないほど強力な力だ。会話に気をとられていたとはいえ、気づかれずに悪魔の羽を石にしてしまうなど、常人の為せることではない。
1つの問題が片付いたと判断したサジンは、くるりと振り向いて安子の方を見た。ナイフ片手にどうにかミミックを解体しようと奮闘しているが、箱自体が相当硬く作られているようで、苦戦を強いられている。
「あこ! これを使ってください! とっても重たいですが、それよりも楽にできるはずですよ」
「助かるよ~! おお、すっごく強そうなハンマー! っておっも!!」
サジンは手に持った武器を槍から石のハンマーに作り替え、安子へ手渡した。当然、持ち手も含めて全て石で出来ているため、普通の人間には扱えない代物だ。身体をスキルで強化して、ようやく満足に振るえるほど。
「あこ! 箱が地面とくっつくように石にしました! 今です!」
「なんでもアリだね!? ねえそれズルくない? インチキじゃない?」
大きく振りかぶった安子は、ハンマーを全力で振り下ろす。天井から埃が落ちてくるほどの揺れと共に、ミミックは粉々に砕け散った。数匹ゴブリンを退治した時よりも早く、ダンジョン攻略を終えることとなる。
優利の予想通り、ミミックはダンジョンの主だったようで、遺跡そのものが光となって消えていく。三人の探索者と一人のスーツを着た男は、ダンジョンに入る前の路地に戻されるのだった。
ダンジョンを攻略し外に追い出される際は、擬似的な瞬間移動をしているようなもので、いつ行われても不思議な感覚を味わうことになる。ずっと目を開けていたサジンは、一瞬で自分がダンジョンへ入る前の場所に戻されたことを、未だに謎だと感じていた。
「ほい! 指紋認証の時間だよ! 今回はいつもよりずーっとサクサクだったね!」
「俺たちだから良かったけど、もっと新米の探索者だったら、ミミックの餌食になってただろうな。そういう面では、俺たちが最初に入れてよかったよ」
スマホに指を触れていく三人は、もう一人ダンジョンから脱出していることを思い出す。名前も知らないスーツの男だ。
「こういう時どうしたらいいんだろ。警察? 救急?」
「呼んだことないからなんとも言えないな……。治療してるから体調は万全なはずだけど。とりあえず意識があるか確認しよう」
軽く声をかけてみたり、呼吸があるかを確認した優利。息をしているのを確かめたあと、何度か声をかけると反応を見せ、スーツの男は目を開いた。
「ここは……? 確かまたダンジョンに居たはず」
「おっ、起きた。大丈夫ですか? 痛いところとかあります?」
優利の声掛けに、特にないと反応した。話を聞けそうだと判断した優利は、さらに状況を説明する。
「えーっと、あなたはデーモンに取り憑かれてたみたいです。覚えているかは分かりませんが」
「ああ、覚えているよ。長い間身を隠し、私の中に潜み続けた、狡猾な魔物だ。君たちが元に戻してくれたんだな。ありがとう」
のっそりと立ち上がったスーツの男は、サジンたちに向けて深々と頭を下げ、もう一度礼を言った。その後、まだ自分にはやることがあると話し、そのままどこかへと歩いて行ってしまった。
その様子を見送ったサジンは、自分たちも学校に戻って報告しなければならないと安子に言われ、はっとした表情になる。人間に取り憑く魔物、そういった存在が暗躍していることを知り、密かな不安を抱くのだった。




