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アード・サジン! ダンジョン少年の帰還  作者: 根っっ子
ダンジョン少年の帰還
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現代少年の助力

「俺たちも家族の方を探すのを手伝うよ。どこに住んでるかは知ってる?」

「知りません」


「やっぱりか。じゃあ、こうしよう。俺は警察に連絡するし、全面的に親御さんを探すのに協力する」

「優利の家はすっごいお金持ちだから、いろんなツテがあるんじゃないかな~」


 サジンは相変わらず話を飲み込めているのかどうか、といったところだが、目の前の人間二人が自分に協力してくれることは理解したらしく、表情が少し緩んだ。それを見た優利が会話を続ける。


「あと、もう少しサジンのことを知りたい。いつからダンジョンにいたの?」

「ずっと、です。小さな時から」

「そう、それ。小さい時っていうのはどれぐらいか分かるか? 何歳とか、具体的じゃなくていいから」


 優利の話を聞いて、緩んだサジンの表情が再び強張った。ダンジョン暮らしで必要なかった記憶を、今更になって思い出す必要があったからだ。ダンジョンに閉じ込められる前の記憶をサジンは探る。すると、おぼろげながら、1つの思い出が浮かび上がってきた。


「ランドセル。ランドセルを買ってもらうはずでした」

「はず? ってことは小学校に行く前からダンジョンにいたのか。……ちょっと信じられないけど」


 サジンの背丈は優利とそれほど違わないくらいで、比較的スタイルの良い優利と比べて少々低い程度。声色も小さな子供のものではなく、明らかに変声期を過ぎた後だった。すなわち、5歳前後の男の子が、10年近くダンジョンに閉じ込められていたことになる。

 優利の言った「信じられない」という言葉は、ダンジョンの()()()()()()()にあった。それは、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()というもの。


「小さな子供が、あんな場所に閉じ込められて生きていけるわけがない。サジン、君はずっと安全な場所で生活してたの?」

「何回も死にました。でも慣れてます」


 食料が見つからず、身体が動かなくなった時。水が飲めず、意識を保てなくなった時。あまりにも強大な魔物に太刀打ちできず、無惨な最後を迎えた時。サジンは、覚えている限り自分の死に様を話した。そして、その度にどこかで目が覚め、見知らぬ地で生きていくことになったという。

 死を嫌ったサジンは、できる限りの方法で生き延びることにした。食べられる物は何でも食べ、身を守るためならどんな魔物でも相手にする。あまりに壮絶な生活が、二人にも伝わったようだ。


「やっとここに帰れたので、家に行きます」


 あまりにも強い眼差しだった。


「優利どうしよう。なんかもう探検隊どころじゃないよ」

「身元の確認は公的な機関がなんとかするだろ。というか、呼び出したのは俺たちだから、責任は俺らにあるよな……」


 また何やら話が始まりそうだったので、サジンは二人を無視して歩きだす。


「待て待て待て! まだ話は終わってないから! 今日はもう遅いし、俺の家に泊まっていくといい。探すのは明日からでもいいんじゃないか?」

「そうそう。あのでっかーい家に泊まれるなんてめったにないよ~? 私は帰るけど」


 二人組の熱い説得により、サジンの心を動かすことに成功した。サジンは大きな家に興味があったし、暗い中行動する必要はないかもしれないと予想したからだ。しかし、その大きな家での体験は、ダンジョン少年の心を大きく揺さぶることになる。


「よし、庭で話すのも終わりにして家に戻るか。安子、また明日な」

「はーい! サジン君もまたね~」


 何やら彼らは手を振りながら喋っている。サジンは手を振ることを忘れていたが、この場は彼らの真似をして、同じ動きをすることにしたようだ。その様子はふらふらとぎこちないものだったが、気持ちは伝わっただろう。


 安子が帰っていった後、サジンたちはすぐに、優利の豪邸へと案内された。外装から漂う厳かな雰囲気に気圧されるサジンだったが、敵意のある生き物の気配を感じなかったため、ある程度は我慢することに決めたらしい。

 優利の家は玄関だけでもかなり広く、一部の人間からすると、漫画やアニメの世界に来たと勘違いするほどだ。そのうえ、規則正しそうな風貌の年老いた執事が出迎えてくるのだから、一般人がここに来るだけで、自分の身分を勘違いしてしまうだろう。


「お帰りなさいませ、坊ちゃま。そちらの方は?」

「ただいまじいや。例の儀式で呼び出したんだけど、かなり訳ありでさ。あー……記憶喪失みたいなものだと思ってもてなしてやってくれ」


「ゆうり。僕は記憶喪失じゃないです」

「物の例えだよ。実際のところ、文化的な生活を忘れてそうだし」


 様々な話し合いの末、まずはサジンをお風呂に入れることとなった。耐えられないほどの悪臭を放っている、という訳ではないが、少なくともすれ違った人間は思わず振り返ってしまうような、不思議な香りをしていたからだ。

 廊下を通り、脱衣所で服と呼べないような服を脱いだサジン。優利とその執事も付き添いで入ることとなったが、この判断は正解だった。


「ゆうり! あなたの家にはこんなに大きな池があるんですか!?」

「いや、風呂だから。確かに大人数で入れるように広くはなってるけど」


 普通の家よりもかなり大きなお風呂場だったためか、サジンの驚きは止まらない。


「ゆうり! じいや! ここでは身体を清潔にすることができそうです。魔物に気づかれないよう、臭いを消しておきましょう」

「知ってるよここ風呂だから。というかダンジョンでも身だしなみを気にしてたんだな」


 サジンの見た目こそ変わっていたが、衛生的な面はかなり気にしていたようだった。毎日のように身体を洗えるわけではないが、それでも本人なりにできる限りの工夫をしていたらしい。浴槽に三人で浸かっている間、サジンは二人にこれまでの経験を嬉しそうに話すのだった。


「ここは特別なようですが、屋内型のダンジョンは水を探すのは大変です。できるだけすぐに移動して水を手に入れましょう」

「授業みたいだな……学校じゃサバイバル知識として扱われそうだ」


 慣れないこともあり、執事のサポートを何度か必要としたものの、サジンは無事にお風呂へ入ることに成功した。日は完全に落ち、時刻は午後の8時ほどとなっている。風呂に入る前の段階で優利が手を回していたのか、他のお手伝いさんが夕飯の用意を既にしてくれていた。そして、サジンはこのことを、鋭い嗅覚で感じ取ることができたようだ。


「す、すごく美味しそうな香りです」

「ちょうど準備できたみたいだな。みんなで食べようか」


 服は優利の服をいくつか貸してもらい、見た目だけは現代人となったサジン。その後も現代人の生活を体験するのだが、これまた騒がしいものとなった。


「味! 味がついています! 草なのに! 肉なのに!」

「これまで何食べてきたんだよ……」


 飢えないために大概の物を食べてきたサジンにとって、調味料の存在そのものが革命だったようだ。特に高級な食べ物という訳ではなく、野菜炒めに肉を混ぜたもの、白米、お味噌汁といったラインナップ。ダンジョンで過ごす前も似たような物を食べてはいた気がするとサジンは話すが、10年もすると味を忘れてしまうらしい。


「これだけ美味しいと、魔物も寄ってきます。じいや、ゆうり、気をつけてください」

「ダンジョンの外だから大丈夫だ。万が一湧いてきても、探索者がなんとかしてくれるよ」


 そして、眠るための部屋に案内されたサジン。学生の就寝時間としてはかなり早い時間だが、優利はサジンが疲れているのではないかと心配しているようだ。だが、このダンジョン少年、興奮を隠しきれない。


「高いところにありますし、囲われていて安全。いざとなればすぐに出ていける穴もあります。すごい場所ですね」

「二階の客室ってだけな。というかそれ窓だから」


「本当にここで眠っていいんですか? どうしてこんなことをしてくれるのか分かりませんが、とても嬉しいです」

「まあ、放っておくわけにもいかないからな。呼んだ責任もあるし、困った人を助けられるなら助けたいし」


 優利の一言一句に目を輝かせるサジン。困った人を助けるという精神性を持ってはいたものの、サジンは実際にそういった助けを受けることはしばらく無かった。助けて欲しいと願ったわけではないが、少なくとも安全な寝場所を提供してくれたことに関して、相応の感謝をしているつもりだった。


「また明日になったら色々話すよ。探検隊のこととか、俺たちのこととか。じゃ、おやすみ」

「はい! いい夢を見てくださいね」


 お風呂に入り、ご飯を食べ、すっかりたどたどしい喋り方をしなくなったサジン。しかし、ベッドで寝ることを忘れていた彼は、床に寝転がって夜を明かすのだった。

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