実習の日
探索者育成地区が女王の襲撃を受けてから、数日が経った。一件は未知の魔物の襲撃ということで処理され、地区の人々は不安を覚えながらも、徐々にいつも通りの生活を取り戻していた。しかし、優利たちは不安に思っている場合などではない。実習の時間がやってきたのだ。
探検隊のメンバーであるサジンは、朝から優利と共に地区へ向かい、訓練場で見様見真似の訓練をする日々を過ごしている。朝からずっと、黙々と技術を磨いていることから、すぐに知る人ぞ知る人物となった。
実習当日の朝のこと。天気もよく、外を歩くには気持ちの良い環境だ。散歩をするわけではないが、休憩は外でのんびりするのもいいな、と考えているサジン。そこへ、新田連がやってきた。
「やあ、頑張ってるね」
「新田さん、おはようございます。ふふ、戦いもしないのに武器を振るうのはまだ慣れないですね」
サジンと連は、襲撃以来何度か顔を合わせ、情報を交換しあっていた。人類の知り得ないダンジョンが存在することや、圧倒的な強さを持つ魔物が存在することなど、ダンジョンで得た経験をサジンは話し、連は様々な仮説を立てた。そして最も連が気になっていたのは、なぜ”今”襲撃されたのかということ。
「あれから色々考えたんだ。あの女王様の言うことが本当なら、サジン君がこの世界に居る、ということ自体、女王様が見に来るレベルの出来事だってこと。それと、彼女が言った、この世界の者がかけた呪いってのも気になってる」
「呪いと言っても、特に体調が悪くなったりした記憶はないですね」
「はは、そういうのだとマシだったかもね。完全に俺の推測だけど、その”呪い”っていうのは、君がダンジョンに居続けたことと関係してるんじゃないかって思ってる。君の話を聞いていて、一番信じられないのがそこなんだ。死んだらこちらの世界に戻るはずが、別のダンジョンに行くなんて」
「確かにそうですが、誰かに何かされたような心当たりもなくて……」
呪った側もわざわざ言いに来ないと思うよ、と連はへらへらと笑う。そして、彼は三本の指を立ててこう言った。
「あんまりやることが多いと困るし、調べることをある程度絞ったんだ。なぜ君がこの世界に来ることができたのか。ダンジョンから帰れなくなる呪いとは何か。過去に石の国のような未知のダンジョンに関する記述はあるか、ってところかな。分かったらまた連絡するよ。じゃ、家族が見つかるといいね」
「はい! ではまた……行っちゃった」
連はいつもこうだった。言いたいことがあるとふらりと現れ、言いたいことを言い終えると去っていく。自分勝手なのか、他人のことを思いやって調べごとをしているのか謎だが、少なくとも、悪い人という印象はなかった。
話をしていると、そろそろ優利と合流する時間になっていた。今日は実習の日なので、早い時間から彼らと会うことになっている。どんなことが起こるのか胸を躍らせながら、優利たちの待つ学校へと向かうのだった。
サジンは探索者育成地区の中で最も主要な施設といえる、学校へやってきた。校舎だけでも相当な広さで、地区の中心にあるというのは、地理的な意味だけではないと感じさせるほどだ。待ち合わせ場所は校庭の一角で、既に優利と安子が待っているはずだった。
今度は遅れないように急いで移動するサジン。地図と照らし合わせつつ走っていると、二人の姿が見えてきた。
「おっ、来たか。じゃあ三人揃ったし、早速ダンジョンの入口まで向かおう」
「こうしてこちらからダンジョンに行くのは2回目ですね。どんなところなんですか?」
「結構近いし歩いていける距離だな。住宅地に突然できたけど、事前調査の結果あまり脅威じゃないからこっちに回ってきたみたいだ」
「危なくないダンジョンなんてあるのでしょうか……まあ、行ってみましょうか」
今度は南にある正門ではなく、東にある門を抜けて、歩いて住宅地に向かうこととなった。安子も優利もやる気は十分で、絶対にいい成績を収めてみせると意気込んでいる。対するサジンは、実習というシステムや成績を理解しきれておらず、疑問を残しながらついていくこととなった。
地区から徒歩で十数分ほど、閑静な住宅街に、ダンジョンの入口はあった。今度の入口は、住宅の路地裏に不自然な穴が空いている。なるほど、とサジンは呟き、見た印象を話す。
「空間を無理やり引き裂いたような感じではなく、こちらの世界と合体してしまったようなもの、なんでしょうか。こういう現象が起きて、ダンジョンとこの世界が繋がるのですね」
「あんまりそういうことは考えたことなかったな~。生まれた時からダンジョンはあったし」
サジンの感想に対して安子はそう返す。この世界とダンジョンが繋がるようになってから、かなりの歴史があることは、連から聞いていた。しかし、これ以上の考察は必要ないか、と、目の前の問題に集中する。
「サジンは知らないから説明するけど、いつもやってる指紋認証をしてから、どれだけ早くダンジョンを攻略できるかが、大きな判定になるんだ。続いて探索者が安全に攻略できたかどうか、効率的か、なんて具合だ」
「せっかちすぎても良くないということですね」
「まあそんなところだ。ダンジョンの中では問答無用で電波が圏外になるから、入る前にちゃんとやっとかないと」
そういえば、優利と安子は四角くて小さな謎の道具をいつも持ち歩いているな、とサジンは気づいた。いわゆるスマートフォンだが、サジンが使いこなすには少々難しい代物。それを察したのか、優利の話を聞くだけに留まった。
指紋認証を終え、早速ダンジョンに入ろうとするサジンたち。事前に知らされている情報は、ティア4相当の危険度であることのみ。何が起こるか分からないため、安全のためにも、ダンジョンの主を早めに倒してしまおうとサジンは思った。
ダンジョンに通ずる穴は大した深さではなかったため、前衛の安子から順番に飛び降りて探索することに決まった。いざ行かんとしたその時、背後から声がした。
「このダンジョンは私が攻略する」
気配を察知したサジンはすぐさま振り向き、声の主を確認した。よれたスーツを着た姿の、ある程度年齢を重ねた男で、なぜか見た目からは覇気がまるで感じられない。不気味なほどだ。
優利もそれに気づき、相手の発した言葉に対して真っ向から意見を言う。
「ここは探索者学校の実習で使うダンジョンだ。実習のダンジョンは他の探索者が手出しできないはず。おじさんも知ってるだろ?」
新しい世代の探索者を育成するため、実習で使われるダンジョンは、学生、成年問わず特定の生徒以外の攻略が認められていない。しかし、スーツの男は同じ言葉を発するばかりで、言う事を理解できていないようにすら見えた。
「ダンジョンは私が攻略する」
「あーもう、先に行くぞみんな! さっさと降りて実習を始めないと!」
続々と穴に飛び込んでいくあゆみ隊の三人。それに続くように、スーツの男もダンジョンへと入っていくのだった。




