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本当の強み

サジンは落ち着けば落ち着くほど、面倒な気分になっていた。相手は強いというより厄介だ。安子の攻撃にも反応するし、サラマンダーの力にも劣らない。


「こいつ僕よりちょっと強さ盛ってます! やっぱり悪趣味です!」

「はは……遠慮がない分サジンを相手にするよりキツそうだ」


 俯瞰的に戦場を見ていた優利もそう話す。魔物を相手にするというより、一個人を相手にするようなもの。優利は考えを改め直し、どう攻撃を通すかを思考する。


「人数じゃこっちのが圧倒的に勝ってるはず。もっと息を合わせないと」


 前で戦っている全員が、どこか遠慮のあるような動きをしている。これまでと違い、的の小さな相手を複数人で攻撃しなければならない以上、お互いの攻撃が誰かに当たらないよう、注意する必要があった。

 他の誰かが攻撃されるとまずいと判断しているのか、サジンはひたすらに石像の攻撃を捌き続けている。いずれ体力の限界が来るかもしれないが、少なくとも安子とげっちーが怪我をすることはなさそうだ。


「サジン! もう少しこらえてくれ! 安子、相手はただの石ころだ。別に躊躇しなくたっていい」

「でも人間そっくりなのはやりづらいよ! ましてや友達とおんなじ姿だし!」


 この言葉を聞いた優利と美月は、彼女にとどめを刺させるのは酷だと判断する。となると、現状でサジンかげっちーが決定打を与えるしかない。


「考えろ、俺。何か、何かがあるはずだ」


 優利は必死だった。皆が命を懸けて戦っている中、自分は立って考えることしかできなかったからだ。現状を打破する方法を考えるべく、授業で得た知識や、この一日で知った情報全てを総ざらいし、答えを導き出そうとする。そして、1つの問題を呟いた。


「無駄が多すぎるんだ」


 サジンが攻撃を捌き、安子が隙を見つけて攻撃するが、げっちーをうまく動かすことが出来ていない。サラマンダーは火を操ることができるうえ、力も強く賢い強力な魔物。だが、賢すぎるせいで攻撃を遠慮してしまい、美月の指示で様子を伺うことしかできなかった。

 安子も隙を伺いながら攻撃しようとしているものの、仮に一撃を与えたとしても致命的なダメージを与えることはできない。ましてや、本人の気持ちの問題もあり、止めを任せるわけにはいかない。


 石と石が激しくぶつかり合う音は鳴り止まない。このままではいけないと、各々の持ち味をもう一度考え直す優利。その時、ある疑問が脳内を巡った。

 ──サジンのスキルは何か。彼のデータではスキル無しとなっているが、生まれつきの時点でスキルが無かっただけだ。身体強化した安子と同程度の体術に、他者のスキルを強める力がある。


「サジンの本当の強みは前衛じゃない、補助だ! 安子、石像の攻撃を引き付けてくれ! 攻撃はしなくていいから!」


 かすり傷がついたサジンを治療しながら、優利は自分の作戦を話す。サジンと違って安子は長い間石像を抑えることができないものの、少し時間が稼げれば十分であった。


「美月が指示したら安子は逃げろ! サジンは足を速くした時みたいにげっちーを強化してくれ。できるか?」

「大丈夫です。スキルの本質は魔力、問題なく強くできますよ」


 さらりと現代人では知り得ない情報を漏らすサジンだったが、この場では誰も気にすることはなかった。げっちーの皮膚のうち、比較的熱くない箇所を美月から教えてもらい、サジンは手を当て、力を送り込んだ。

 

「僕が直に触っていないとダメなので、早くお願いします!」

「分かったわ。げっちー! 撃って!」


 あんぐりと口を開けたげっちーが、石像の方を向く。危険を察知し、指示を聞いた安子は、その場から大きく飛び退いた。追撃をしかけようとする石像へ向けて、何かが放たれた。


 それは爆発音に近く、目で追うにはあまりに速すぎた。人間の上半身ほどある火球が、大砲のように放たれたのだ。石像の全身は粉々に砕け、ついでに地面もえぐれている。焦げ臭いばかりで、誰も命中する瞬間を目撃できなかったが、当たったことは分かったようだ。


「ひーっ、なんだか自分に当たったみたいで怖いです」


 砕け散った石像はさらに形を崩していき、最終的に砂のようになってしまった。同時に、感覚が鋭いサジンは感じ取る。地区がほんの少し賑やかになった気がすると。


「げっちーにこんな力があったなんて。……もう戻っていいわよ」


 大きくなっていた姿が縮んでいき、サジンが最初に見た小さなトカゲのような見た目に戻った。するすると足元をすり抜け、美月の肩の上へ戻っていく。

 一人でどうにか気を引こうとして切り傷を受けた安子は、優利に治療してもらいながら、ちらりと石像の残骸を見た。


「大丈夫だよね? 倒せたよね?」

「ええ、きっと大丈夫です。ほかの人の石化が解けているはずですよ」


 不安に思う安子に対し返事をするサジン。少しして、スマホを持つ三人に連絡が届く。


「終わったみたいね。私は探検隊のみんなと合流するから、それじゃ」

「分かった! またね~美月~!」


 笑顔で手を振る安子だが、美月は振り返らず行ってしまった。サジンは優利たちに、どんな連絡が届いたのかを質問すると、読み上げながら説明してくれた。


「石化が解けてすぐ、新田さんが色んなところに連絡してくれたみたいだ。地区を覆ってた障壁も無くなったみたいだし、やっと家に帰れるな」

「まだ魔物が残っているかもしれません。帰ってしまっていいんでしょうか」


「メールには全部倒したって書いてあるから、あれが最期の一匹だったと思う。あの魔物、北からやってきただろ。多分新田さんから逃げてきたんだと思う」

「いい推測だね。明らかに見た目が違ったし倒しておくか迷ったけど、仮にそいつが”当たり”だった場合、石化させる魔物が残ってるのに、石化が解けちゃうことになる。石化を治す手段が限られる以上、最後に残すしかなかったんだ」

「うわぁ!? 新田さん!?」


 飄々とした顔で連が合流してきた。もう少し耐えていたら、この人が全て解決していたかもしれない。そう考えたサジンは、それほど焦る必要は無かったなと反省した。


「大変だったろう、本当によく頑張った。あとは大人に任せて、君たちは休んでくれ」


 連はそう言うと、わしわしと順に子どもたちの頭を撫でていく。こうして、探索者育成地区が初めて受けた襲撃は、多少の怪我人が出ただけで終わった。この時から、圧倒的な力を持つ魔物がいること、それがこちらの世界を襲うことが危惧されるようになるのだが、それはまた別のお話。


「ゆうり、あこ、お腹空いてませんか? 僕は水があれば平気ですが、二人は大変でしょう」

「大丈夫だよ~、学食食べたし。……あっ、サジンくんもしかして朝から何も食べてない?」


「はい。水があったので飲みましたが、食べてはいないですね」

「今、夜の8時だぞ!? はああ、弁当の1つでも渡せばよかったか。とっとと帰って夕食にしよう」


 長い夜を終えるため、あゆみ隊の三人は帰路につくのだった。

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