トカゲの面影
「やはり大した相手じゃありません。あこ、あなたも足ではなく腕を強化して真似てください」
「今のをナイフでやれって言うのぉ? 無理だよぉ~」
「手短に済ませないと石化されてしまいますよ。あなたならできます。頑張ってください」
「そうだ! あれやってよアレ。校庭に行くまでにやった力をマシマシにするやつ」
それを聞いたサジンは口をへの字にして、こう言った。
「あこ、あまり他の人に頼っても強くなれませんよ」
「優利ー! サジンくんがいじわるするー!」
よしよしと優利が安子を慰める。サジンからして、あれはあまり他人に見せたくない力であるため、あまり活用したくなかったし、使わざるを得ない状況になって欲しくなかった。
「僕たちはセンターを経由して庭園の方に向かいましょう。ここから近かったはずです」
サジンは昼間に通った道を逆に移動することを提案した。反対する理由もなかった二人は、それに従って進んでいく。
数分早歩きで移動した後、道を歩く石像の魔物が目に入る。一体全体何体いるのかと気になるサジンだったが、ひとまず目の前の脅威を排除することにする。
「あこ。一番脆そうな部分を一突きしてください。全力でですよ」
「俺の勘だが、あの魔物の強さはティア3相当ってところだと思う。頑張れば安子でも倒せるさ」
「ねえほんとに私じゃないとダメ? サジンくんで良くない?」
「あゆみ隊のアタッカーが戦わなくてどうするんだよ! サジンもサポートしてくれるし一度はやってみろって!」
渋々了承した安子は、大きく息を吐いてナイフを持ち直した。石を砕く。弱点を見極めて、一点だけを突くように。
腕だけでは足りないと判断したのか、安子は全身を強化して魔物に突撃する。速度と力を合わせ、石像の腹を思い切り砕こうと飛びかかった。
ピシピシと石像にヒビが入り、割れ目が広がっていく。もう一度ナイフを突きつけた結果、音を立てて石像が崩れていった。しかし、石像の瞳が妖しく光るのを見たサジンは、安子の元へ直行する。
「間に合えっ──!」
飛びかかる前に殺気を出しすぎた安子は、魔物の反応を許してしまう。身体を粉砕することはできたが、最期の一撃を放たれてしまった。魔物の視線を遮るようにサジンが前に立つと、頭に一撃を入れて粉々にした。
「サジンくんっ!」
安子は無事だったが、視線を遮るようにして立ったサジンの身体が、徐々に石へと変貌していく。が、その直後、サジンの身体が一気に元に戻っていく。
「危ないところでした。石にされそうになったら、僕を盾にしてくださいね」
「なにそれ……」
「なにそれ……」
二人が呆れた顔で同じ言葉を話す。度重なる石化を経験したことのあるサジンは、木っ端魔物の石化程度で石になることがなかった。女王の癇癪、もとい石化攻撃を何度も受けた結果、サジンの身体は石化に抗うように変化した。
(女王の”鍵”のおかげみたいで嫌だけど)
もちろん、体質の変化は女王から貰い受けた”鍵”の力も影響している。毒を持つ生物が毒に耐性があるように、サジンもまた、似たような進化を遂げていたのだ。
誤解される可能性が高いため話していないが、サジンは自らの身体に変化が起き、石化に関する力が増していることを確信した。石で出来た物体を作ったり、生物を石化させることもできるだろう。新田連の言う、”後天的なスキル”を、また1つ得たといえる。
「さあ次です。奴の目に気をつけてください。背後から攻撃するのが一番かもしれませんね」
「ものすごく危機的状況な気がするのに、なんかズレてる気がするのは俺だけか?」
「私もそう思うよ。やっぱり本場のダンジョン育ちは違うね」
次の魔物を探すべく、道沿いに進んでいくサジンたち。ふと、優利が不安に思ったのか、こんなことを話し始めた。
「俺って三人の中でも、なーんか役立ててない気がするんだよな。戦闘は苦手だし。まあ、みんなが元気なのはいいことだけどさ」
「ゆうり。僕の力であなたのスキルを増幅すれば、多分一人ぐらいは石化を治療することができます。万が一新田さんが石化するとマズいので、ゆうりはとにかく生き残ってください」
「えっ待って俺そんな重要なの」
サジン自身は石化を解くことができても、他者の石化を治すことはできない。現在地区の北で魔物を殲滅している連が石化した場合、戦力が大幅に削がれ、夜明けまでに魔物を全滅させることが叶わなくなるかもしれない。その可能性を考えた場合、治療スキルを持つ優利は最期の切り札のような存在であった。
「戦いの場を一番広く見られるのもゆうりです。頼りにしていますよ」
「お、おう。なんかありがとなサジン」
サジンから厚い信頼を向けられ、たじたじになる優利。実際、サジンは二人のことをかなり信頼していた。この世界に来て世話をしてくれた恩人というのもあるが、状況を飲み込む力は随一であるとサジンは考えている。
その後も、センターの手前で一匹、庭園に行く道中で一匹の魔物を粉砕し、順調に数を減らしていく三人。ちらりと腕時計を見やるサジン。時刻は8時の少し手前を差していた。
そして、ようやく庭園が見えてきたところまで来た三人は、一瞬庭園の一部が明るくなるのを確認した。サジンも人の気配と同時に、一匹石像の個体とは別の魔物がいることを感じ取る。
「戦ってるのかも。急ごう!」
安子の声に頷くと、駆け足で庭園へと向かっていくサジンたち。庭園の路上には、一人の探索者と、一匹の大きく赤いトカゲのような魔物がいた。
「美月! げっちーも!」
真っ先に反応したのは安子だった。サジンは記憶を辿り、昼寝前に出会った人物であることを思い出す。確か、魔物を連れた探索者がいた。はて、あんなにサラマンダーは大きかっただろうか。そんなことを考えていたサジンだったが、美月がこちらに気がついたようで、意識をそちらに向けることにする。
「優利と安子!? あなた達ティア4でしょ!? なんで避難してないの!?」
「私たちが知りたいよ……と言いたいけど、色々あってね」
安子と会話する美月の前で、大きなサラマンダーが石像の魔物を攻撃していた。身体を砕くほどの力はないようだが、石化の魔法をものともしていないように見える。勝負は拮抗しているが、決め手がないとサラマンダーこと、げっちーが不利だろう。
「あこ! げっちーを助けますよ!」
「がってんしょうち!」
安子は魔物の膝を砕き、姿勢を崩した。サジンが石像の視線を遮るように移動すると、剣を振り下ろし渾身の一撃を与える。四度目となると慣れたもの。手早く石像の魔物を粉砕し、驚嘆する美月の元に駆け寄るのだった。




