女王の遊戯
「ルールは簡単よ。わしが作った石像の中に、一匹だけ当たりの石像が混じっておる。そいつを倒すことができれば、全員の石化が解けてハッピーエンドじゃ。時刻は夜明けまでとしようかの」
「こっちとしては女王様と戦わなくていいしありがたいけど、ちょっと信用しきれないかな」
「なーに、この世界では命が一度きりなことぐらい心得ておる。無駄に命を奪うことはわしの倫理に反するしの~。なあサジンよ?」
突如話しかけられたサジンは少し驚くが、連に女王が嘘をついていないことを伝える。過去に関わりがあったからこそ分かることだが、無駄な殺生をこの世界で行おうとする性格ではないと話す。
「あなたにして貰ったこと、あなたにされたこと。忘れるつもりはありません。これ以上この世界で勝手なことをするのはやめてください」
「かーっ! いっちょ前にここの住民のようなことを言いおって。なんか腹立つのう。まあ大人なわしはここですんなり引き返すんじゃが」
瞬間、女王の周囲からとてつもない魔力を感じたサジン。空間が捻じ曲げられているような、普通じゃないことが起こっていた。この魔物、ダンジョンと日本を繋ぐ入口を、意図的に、自らの意思で作り出している。
半身を異次元へ置いてから、女王がサジンの方へ振り向いた。連も追撃をかけることはしなかったが、何をするかと警戒を続けている。
「サジン。お前はサジンだ。別の名があることなど分かっておる。だが、お前はサジンであることを忘れるな」
「何度も名前を呼ばないでください。そんなこと分かってます」
「お前はいつも反抗期みたいじゃの。まあ……石の国の皆もお前を心配しておるよ。人の世で生きていられぬと感じたら、いつでも戻るが良い。鍵をお前に預けておく」
「あなたも僕を殺したことがある癖によく言いますね。女王の元でなくとも暮らしていけますよ」
「かーっかっか! じゃあの~人間たち。そこの新田とか言ったの、中々楽しい遊戯だったぞ。もっと鍛えとくんじゃな~」
完全に女王の身体が入口をくぐると、まばたきする間に何もない空間へと戻った。彼女が帰るのと同時に、一本の剣がサジンの目の前に出現する。全てが石で出来ていて、とてもではないが刃物として使えそうにない。サジンがその腰ほどにある長さの剣を手に取ると、剣が砂のように崩れ落ち、サジンの腕へと吸収されていく。
あっという間にサジンの体内に入り込んだ剣だが、話題はそれどころではなかった。状況を整理すべく、連があゆみ隊の三人に声をかける。
「帰った……ってことでいいのかな。三人とも、大丈夫? 動けそうかい?」
「僕は大丈夫です。それよりも二人が心配です」
優利と安子はへなへなと地面に座り込んでいるが、意識ははっきりしているし、本人たちも大丈夫であると話した。それを聞いた連は、ちょっと長くなるけど、と前置きをして、状況を説明し始めた。
「この数分間で、これまでに確認されてなかった事象が起こり過ぎてね……。大変だけど、君たちも戦える探索者の一員として理解しておいて欲しい。まず、ティア1……いや、それ以上に相当する魔物の襲来。ティア1が現れることはあっても、”知識”を持って、”意図的”にこっちの世界に来ることは無かった」
つい先程帰っていった女王のことを話している。女王は帰ったが、彼女が設置したであろう石像の魔物は数多く地区に残っていた。
「あまりこういう言葉を使いたくはないけど、この状況はヤバい。ほぼほぼ奇襲をまともに受けた状況で、規則通り戦った結果ティア3以上の探索者は大体女王様が石にしちゃってね。彼女の石化を防ぎながら戦えたのは俺だけだし、地区にいたティア1も俺だけみたいだ。石像の魔物がどれだけ強いか分からないけど、実力も経験も足りない探索者を繰り出させるしかない」
「新田さん、外からの支援を待つのはどうなんですか。電波は通じますし、下校した実力のある探検隊も戻ってくるはずです」
冷静さを取り戻したのか、優利が連に向けて意見するが、連の表情はあまり良くなかった。
「バカみたいな話だけど、この地区を覆うように魔力の壁が貼られている。人間にできる業とは思えないね。つまりだ、よく聞いてくれ。石像の魔物を、”俺たちだけ”で、”夜明けまで”に、”全滅させる”。今から探索者がしなきゃいけないのはこういうことだ」
「僕たち探検隊三人なら、勝てない相手じゃないです。ゆうりとあこがいれば、なんとかできると思います」
「頼りにしてるよ、みんな。俺は一人で行く。動ける探索者を探しながら魔物を殲滅するから、君たちもみんなを頼む。幸い、魔物側は好戦的じゃないみたいだ。自分から手を出さなかったら襲ってこないと思うし、石にされていない人もかなり残ってるはず」
無茶はするなよ、と連が話すと、彼は風のように走り去ってしまった。サジンには分かった。現在この地区にいる探索者の中で、連が最も実力を持っていることを。彼が女王を抑えていなかったら、一般人にもさらに被害が出ていたかもしれない。
元々女王はかなり自由な性格で、サジンもよく手足や口を石化させられたり、解いたりして遊ばれていた。魔物は好戦的でなくとも、彼女を放っておくと禄でもないことが起こっていたに違いない。
「あこ、ゆうり、僕たちも新田さんに続きましょう。三人で力を合わせて、一体でも多く魔物を倒すんです」
「ああ。こうなったらやれるだけやって、あゆみ隊の宣伝をするしかないな」
安子はこくりと頷いた。優利は来た道を指差し、こう話す。
「新田さんは学校の北方面に行ったから、俺たちは南だ。石像は確か道なりに置いてあったし、道にそって進んでいくぞ」
優利の言葉を聞いた三人は、校庭から移動を始めた。連のように速く走れるわけではなかったが、三人が思い思いの感情を抱きながら、魔物を探して駆け足で往くのだった。
三人が校門を出てからすぐに、一体の魔物が目に入る。かなり近くの道をうろついていたようだ。魔物の動きはどこか規則的で、道から外れて移動しようとせず、ただただ道なりにそって巡回を続けていた。
校庭に向かう際は移動に気を取られて気が付かなかった三人は、路上に転々と置かれた人の石像、石化された人間を目にし、驚きを隠せないでいた。
「こいつらも石化攻撃を使ってくるってことか」
「女王のように自由自在に石化させられるわけではないはずです。必ず何か難しい縛りがあるはず」
サジンの考えでは、この魔物たちは女王の置いた駒のような存在だった。ガーゴイルの使う石化を使えたとしても、大量に設置した全てが完璧に石化を使いこなせるわけがない。
(女王の力を借りるようで嫌だけど……やるしかない)
右手を開いたサジンは、何かを念じた。すると、さらさらと砂のような粒子が手のひらから溢れ出す。それらは徐々に形を成していき、わずかな時間で足から腰の長さほどある石の剣へと変貌した。
「それ、さっき女王様? から貰った何かだよね。出したり引っ込めたりできるんだ」
「あこはよく覚えていますね。そうです、あの言葉足らずの女王様が僕に渡したかったものですよ」
いかにも重量のある石の剣を構えながら、そろりそろりと魔物へ近づくサジン。
「僕のせいだというのなら、僕も責任を取ります」
相手を叩き潰すように剣を振り下ろし、石像の魔物の身体が砕け散っていく。瓦礫が崩れるような音と共に、一撃で魔物を葬った。
「僕は……サジンは、この世界で生きるために戦います」
長い夜が始まった。




