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石の訪れ

「ごめんなさい! お昼寝をしてたら遅れてしまって!」

「外なのに寝てたのか? いやまあ、別にそんな待ってないしいいけどさ」


「探索者の登録? は終わりましたよ。これがカードと手帳です」

「おお~、これでサジンくんも私たちの仲間入りだね」


 この文字は読めませんでしたけど、とサジンは続ける。日本語を話せるが読み書きができないことを言い忘れていたことを、今になって伝えるのだった。


「これから何かするんですか? ゆうりの家にみんなで帰るんですか?」

「授業終わりのミーティング……要するに、探検隊のみんなでこれからどうするかを話し合うんだ。三人しかいないけどな」


 優利はそう言うと、近くにあった建物の二階を指差し、あそこの部屋でするぞ、と教えてくれた。そうと決まればと、三人で空き部屋まで移動する。



 学生たちを含め、様々な探索者がこの地区の施設を利用するため、こういった話し合いや会議に使えるちょっとした部屋は、かなりの数を用意されていた。今回サジンたちが向かうのもそのうちの1つで、小さく最低限の机と椅子、ホワイトボードが置かれた質素な部屋だった。


「じゃ、座ってくれ。”あゆみ隊”の作戦会議を始めるぞ」

「おおー! 久々だね!」


 何かよくわからないことが始まってしまった、とサジンは思った。彼からしてみれば、ノリに乗れないといったのが正直なところだ。それを伝えるために、あの、と意見を伝えようとする。


「僕は探索者になれと言われたからなりましたけど、これはゆうりが僕の家族を探してくれるならの話です。ずっとこうして探検隊を続けるかどうかも、正直分かりませんよ」

「ごもっとも。そこから話していくとするか」


 優利はサジンの意見に耳を傾けた後、見解を述べる。


「まず、探検隊は三人以上、学生がダンジョンに入るのも三人以上の探索者が必要だ。それはサジンも知ってるよな?」

「ええ、まあなんとなくですが」


「俺たち二人は、どうしても三人目の探索者に所属して欲しかったんだ。元々三人目が居たんだけど、そいつが抜けちゃって以来ずっとメンバーが足りなくて大変だった」


 優利の話はもう少し続くようだ。


「そこで、サジンに協力してほしいってわけ。サジンがいれば、探検隊の実績も積めるし、評判が広がって誰かが入ってきてくれるかもしれない。そんでもって、俺たちはサジンの家族を警察と一緒に調べられるだけ調べる。できれば見つかってからも一緒に居てほしいけど、まあ見つかってから考えよう」

「つまり、僕の代わりにゆうりが家族を探す。その間、僕はゆうりに協力する。こういうことですか?」


「完璧だ。ついでに言うと、俺の家を自由に使ってくれて良い。衣食住を人質に取るみたいだけど、許してくれ」

「安全な住処と食事までくれると。むうう、そうですかそうですか」


 話を聞いた時点で、サジンに断る理由は無かった。長年離れていた故郷での勝手が全くわからなかったし、一切手がかりが無い状態で家族を探すのも骨が折れることを分かっていたからだ。


「まあ、家族と一緒に暮らせるのなら、それでいいです」

「よっし! 改めてよろしくな、サジン!」


 こくこくと頷くサジン。ひとまず家族が見つかるまでの間は、優利や安子と共に行動することが決まった。その後の話題は、探検隊としてどう行動していくかに移っていく。


「俺たちは三人しかいない弱小探検隊だ。ティアも4だし、仮にダンジョンが見つかっても、他の探検隊の方が優先して攻略することになる」

「ましてや学生だからね~。既に探索されたおこぼれしか貰えないんだよ」


「ダンジョンに行きたいなら、別に三人じゃなくて、もっと強い人がいる探検隊に入ればいいってことですよね? どうしてそうしないんですか?」

「うぐっ、痛いところをつくな。そこはまあ、俺の個人的な事情。自分の力で実績のある強い探索者にならなくちゃいけないんだ」


 優利にも何かしらの理由あってのことらしい。現状の話を整理すると、サジンたちを含めた三人で、どうにかして実績が欲しいというわけだ。サジンはそういった事情に詳しくないので意見することはなかったが、自分にできることは無いか考える。


「けど、野良で発生したダンジョン攻略以外に、俺たちにも巡ってくるチャンスがある。授業の”実習”だ。そこで優秀……いや、学年で一番の結果を出せば、流石に評判は広まるはず」

「これまでは三人で組むことができなくて、泣く泣く他の探検隊に頼んで入れてもらってたんだよ~」


「本来、実習は成年の正式な探索者に手伝ってもらうことは禁止だ。けど、サジンは多分未成年だし、引っ越したばかりの学生と言い張ればセーフだろ」

「思ったより雑だね優利!?」


 椅子に座って優利と安子の話を聞くサジン。自分がその実習とやらで、いい結果を残すことができれば、二人のためになる、ということをなんとなく理解した。

 ふと、窓の方へ視線を向けるサジン。朝から何も食べていないので、そろそろ食料を探したほうが良いか、などと考えていると、視線に釣られて安子も窓の外を見つめる。あと少しで日が暮れそうなことに気がついて、もうこんな時間だね、と話した。


「そろそろ解散かな? 次の実習が憂鬱じゃないなんて久々だよ~。……ねえ優利、あれなんだろ」


 窓の外を見やる安子が、優利に声をかける。サジンも気になって窓の外を見つめると、明らかに周辺の雰囲気と違う物体が、路面の真ん中に鎮座していた。


「石像みたいに見えるけど。道の真ん中に?」


 サジンはそれを聞いて、ぐっと身を乗り出し、石像を観察した。台座の上には、翼の生えた異形の生物、明らかに人間とは違う、不気味な何かが精巧に作られている。今にも動き出しそうなほど、よくできた魅力があった。


「あんなのあったっけ?」

「いや。無かったはず」


 サジンは二人の会話を聞いて、心臓がざわめいた。限りなく悪い予感がした。


「ゆうり! この辺りが暗くなるまであとどのくらい──」


 サジンの言葉を遮るように、ブーッ! ブブーッ!! と、優利と安子の懐からアラーム音がけたたましく響く。いつもと着信音が違うね、と安子が話しながら、スマートフォンの画面を確認した。


「学校からだ。”ティア4の探索者は直ちに建物へ避難し、ティア3以上の探索者は職員や一般人を守ること”だって」

「避難訓練って今日だったっけ? そんなこと言われてなかったけど」


 サジンはじっと石像を観察する。脳裏によぎる過去の記憶。石像が突然現れるなんて、そんなこと起こりうるはずがない。が、ダンジョンならそれを可能にする生物がいる。

 日は落ちた。探索者育成地区は初めて、ダンジョンからの来客を受け入れることとなる。

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